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君の隣で、世界が静かになる  作者: 海鳴雫


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第12話 揺らめく日常

冬の朝の空気は、少し刺すように冷たい。

 登校途中、息を吐くたびに白く曇る。

 けれどその白い息が重なり合うたび、彰人の胸は不思議と温かかった。


 隣を歩く桐島凜音が、小さく笑っていたからだ。


 「寒いね」

 「お前、手袋忘れただろ」

 「ばれた?」


 凜音は照れくさそうに笑って、両手をポケットに突っ込む。

 彰人は苦笑して、自分のマフラーの端を外し、半分を凜音の首に巻いた。

 凜音が目を丸くして固まる。


 「ほら、これで少しはマシだろ」

 「……ありがと」

 「風邪引かれたら、俺のせいになりそうだからな」


 凜音はマフラーに顔を埋めて、少し赤くなった頬を隠した。

 その仕草が、なんだか子どもみたいで可愛くて、彰人は思わず目を逸らした。


 ——付き合い始めて、まだ三日。


 校舎に着くまでのこの短い時間が、今では一日の中でいちばん好きだった。

 凜音が少しずつ“普通の女の子”の表情を見せてくれるたびに、

 自分の中の何かがやさしく溶けていく。


 教室の扉を開けると、ざわめきが止まった。

 ほんの一瞬の沈黙。

 次の瞬間、女子たちの囁き声が耳に入る。


 「ねぇ、桐島会長と高瀬くんって、最近よく一緒にいるよね?」

 「朝も一緒に登校してたし……まさか、付き合ってる?」

 「えっ、ありえなくない? 会長だよ?!」


 ——まあ、そうなるよな。


 彰人は何も言わず席についた。

 周囲の視線が、ちらちらと刺さる。

 誰も直接は聞いてこないが、空気の中にざらついた好奇心が漂っている。


 昼休み、屋上に行くと凜音が先に来ていた。

 いつものように、二人で弁当を広げる。

 けれど今日は、彼女の笑顔が少し曇っていた。


 「……みんな、もう気づいてるみたい」

 「やっぱりか」

 「ごめんね。私のせいで、変な噂になってる」


 彰人は箸を止めて、凜音を見た。

 「謝ることじゃねぇだろ」

 「でも……生徒会長が恋人作ったなんて言われたら、また委員会がざわつくし」

 「そんなん、誰もお前を責められねぇよ」


 「でも、“高瀬くん”だから、余計に言われちゃうの」

 凜音はそう言って、小さく目を伏せた。


 その言葉に、彰人は一瞬、胸の奥が痛んだ。


 ——“高瀬くんだから”。


 そう言われるのは、慣れていた。

 見た目が怖いとか、素行が悪そうとか、何度も言われた。

 でも、凜音にだけはそんなふうに思われたくなかった。


 彼は小さく息を吐いて、空を見上げた。

 「……俺、変に見えるのはわかってる。

  けど、俺の何がどう見えても、お前に恥かかせる気はねぇ」


 凜音は一瞬きょとんとして、それからゆっくりと首を振った。

 「恥なんて、思ってないよ」

 「じゃあ——」

 「ただ、私が弱いだけ。

  周りの目を気にして、怖がってるだけなの」


 凜音の声が少し震えていた。

 彰人は弁当箱を置き、そっと彼女の頭に手を置いた。


 「お前はもう十分頑張ってるよ。

  誰に何言われても、俺はちゃんとお前の隣にいるから」


 凜音が顔を上げる。

 瞳の奥に、ほんの少し涙が光っていた。


 「……ありがとう」

 「お前が泣いたら、俺が悪者みたいになるだろ」

 「ふふっ、そうね」


 風が吹いて、二人の髪を揺らした。

 昼下がりの屋上に、凜音の笑い声が静かに響く。

 その笑顔を見ていると、どんな視線もどうでもよくなった。


 放課後、昇降口を出た瞬間、

 誰かの視線を感じた。

 振り返ると、廊下の端に生徒会の副会長・椎名颯太が立っていた。


 彼の表情は穏やかだが、その目だけは真っ直ぐで、冷静すぎるほど冷静だった。


 「高瀬くん」

 「……椎名?」

 「彼女のこと、大切にしてくれ。

  凜音は人に強がるけど、案外脆いから」


 それだけ言って、颯太は背を向けた。

 足音が遠ざかる。


 彰人はその場に立ち尽くしたまま、しばらく空を見上げていた。

 冬の夕焼けは淡く、手の届かないところで燃えている。


 ——大切にしてくれ、か。


 ああ、そんなこと、言われなくてもわかってる。

 それでも、他の誰かにそう言われた瞬間、

 自分がようやく“彼女の世界の一部”になったのだと、

 少しだけ実感した。


 夜。

 帰り道、凜音からメッセージが届いた。


 > 「今日ね、いろいろ言われたけど……やっぱり私は、高瀬くんといると安心する」

 > 「だから、もう怖くない」


 画面の文字を見た瞬間、

 彰人の胸の奥に、じんわりと熱が広がった。


 “もう怖くない”——その一言が、何よりの答えだった。


 彼は短く返信を打つ。


 > 「俺もだ。明日も一緒に行こうな」


 外は冷たい風が吹いていた。

 けれど、心の中はどこまでもあたたかかった。


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