第8話 泊まって?
三十分、いや一時間は経っただろうか。
ようやく雪代さんは泣き止み、今はすっかり……とは言えないが、それなりに元気になって――テーブルに並ぶ料理をもりもり頬張っていた。
今日の注文は、某有名ファミレスのメニューほぼコンプリート。
ハンバーグ、ステーキ、パスタ、グラタン、サラダ、豚汁……テーブルが埋まる勢いだ。
「相沢も、食べて……」
「え、いいの?」
「うん」
そういえば、一緒に食べようって言ってくれていたっけ。
俺は雪代さんの顔色をうかがいながら、最終的に明太子パスタを手に取った。
フォークでパスタを口に運んでいると、雪代さんがぽつりと呟く。
「……ママに、怒られた」
「だから泣いてたのか……」
理由を聞いて納得する。
あれだけ泣いたのは、母親の言葉のせいだったらしい。
それでも雪代さんは、母親を嫌いにはなれないんだろう。むしろ、大好きだからこそ、傷ついたんだ。
「今までも怒られたことはあった。でも……体型について言われたのは久しぶりで。今日ね、ママと焼肉行く約束してたんだ。だから楽しみにしてたのに……」
「…………」
そりゃあ、ユーバーを頼む予定じゃなかったわけだ。
仕事帰りに一緒に焼肉――そんな約束を楽しみにしてたんだな。
「痩せなきゃって思う。でも……食べるの、やめたくない」
雪代さんの声は、切実で、子供みたいに素直だった。
「これまでは体型維持できてたんだよな?」
「うん……でも今日はダメって言われた」
――痩せたい。でも食べたい。
その矛盾を解決するには……方法はひとつ。
俺が雪代さんの助けになれることは、それしかない。
「雪代さん、食べ物って美味しければなんでもいい感じ?」
「……美味しかったら」
「じゃあさ、俺がカロリー低めで量の多いご飯、作ろうか?」
言ってから、しまったと思った。
まだ雪代さんとかかわってから数日。人の家の食生活に首を突っ込むとか、やりすぎだろ……。
だけど――
「……料理、してくれるの?」
返ってきたのは、期待に満ちた声だった。
「ほら、言っただろ。俺、料亭の息子なんだ。まあ逃げてきたけど……料理は小さい頃からやってたから。カロリー調整くらいなら朝飯前だよ」
「…………しゅごい……」
雪代さんの瞳が、ぱあっと輝き出す。
――食べ物の話題になると本当にわかりやすいな。
「もちろん材料費は出してもらうことになるけど。ユーバー頼むより安いと思う……。ただ、毎日は難しい。バイトもあるし、まずは週三くらいかな」
「……食べたい。相沢のご飯、食べてみたい。……でも、本当にいいの? 私、たくさん食べるよ?」
「いいよ。多分俺、人が困ってるの見捨てられない性格だから。これはもう運命ってことで」
言いながら、自分でも笑ってしまう。
最近の自分のご飯は適当だったし、料理の腕を保つにはちょうどいいかもしれない。
「……なら、お願いする。バイト代も出す」
「え、それは……」
「料理、大変でしょ? だから、ちゃんと払う」
「いや、俺はお金欲しさじゃないし……その件は、一旦保留にしたい」
「……うん。じゃあ、欲しくなったらいつでも言って」
ユーバーはアプリ経由だから気楽だけど、直接お金を受け取るのは違う気がする。
ただ、その分俺がバイトする時間が少なくなる。
まあ、とりあえずは減らした分をどこかで増やせばいいか……。
こうして俺は、雪代さんの夕食を作ることに決まった。
「……じゃあ、今日はこれで帰るね」
「あ……」
玄関先で荷物を持ち、立ち上がったところで、雪代さんが俺の服の裾を掴んで止めた。
「どうした?」
「さみ、しい……」
「えっ……いや、それは……」
不意に見せられた子犬みたいな目に、心臓が跳ねる。
けど、いくらなんでもこれは……。
「――泊まって?」
なっ、なんだとおおおおお!?
いやいやいやいや! さすがにそれは無理があるでしょ!
「ダ、ダメだって! 俺ら高校生だぞ!? 男女で一対一はアウトだろ!」
「さみしい私を、置いていくの?」
ぐっ……そんな顔すんなよ……!
お母さんとの辛いことがあって、寂しいかもしれない。
だけど、さすがにそれだけは……。
「……あ、友達は? 仲いい子いるんだろ?」
「うん」
「電話してみたらどう? 今日泊まってほしいって。ほら、明日土曜日だし」
「………………わかった」
雪代さんは少しだけ葛藤してから、スマホを取り出し、誰かに電話をかけた。
数回コール音が鳴ったあと、相手が出たらしい。
「――彩女、さみしい」
友達は彩女という名前らしい。
「泊まりにきてほしい」
「おねがい」
「じゃないと、相沢に……」
「……相沢は、クラスメイト」
「ん、男子」
「今すぐ来る?」
「うん。待ってる……」
電話を切った雪代さんが、俺を見上げる。
だが、気になる点があった。
「友達、来てくれるって」
「そ、それはよかった……でも俺のこと、バッチリ説明してなかった!?」
「うん。相沢のこと話したら、すぐ来るって」
――それ絶対、誤解されてるやつぅぅ!?
すぐに来るって、なんか俺、通報一歩手前みたいな扱いされてない!?
「じゃ、じゃあ、俺は帰るね。いつから料理するかは、ラインでやりとりしよう」
「ん、わかった。……ほんとうにありがとう」
「今日はゆっくり休みなよ」
「うん。……またね、相沢」
俺は慌ててマンションを飛び出し、自転車に飛び乗った。
雪代さんの友達に鉢合わせるなんて、絶対に避けたかったから。




