第13話 試作
放課後。
ユーバーのバイトを終えたあと、俺は少し早めに雪代さんの家へお邪魔することになった。もちろん、雪代さんが注文した大量の中華料理を抱えて。
「あー、彩女が置いていったよ」
「すげえ……もう全部揃ってるのか」
昼に頼んでおいた材料が、もうここに並んでいるとは思わなかった。スーパーを何軒も回らせたんじゃないだろうか。紫藤さんに手間をかけた気がして、俺はすぐに一通、お礼のメッセージを送った。
一方の雪代さんはというと――
今日も運動後の風呂上がりらしい。ラフすぎる格好で、タンクトップから覗く素肌に、視線のやり場に困る。
俺はそんな雪代さんを横目に、アイランドキッチンに立って仕込みをはじめた。
キッチンをひととおり確認してみると、調理器具が驚くほど揃っている。
「なんでこんなに……?」と疑問は浮かぶが、あるなら遠慮なく使わせてもらおう。
まずは生地作りから。
耐熱ボウルに白玉粉と水を合わせ、ゴムベラで丁寧に溶く。それを白あんに混ぜ込んでレンジで温め、再びゴムベラで伸ばしていく。これで生地の基礎は完成だ。
そこから小さくちぎってパーツを作り、食紅で色をつける。成形した生地で黒あんを包み、竹串で線を入れていく――。
「この竹串が、ほんと難しいんだよな……」
と、独り言をつぶやいた瞬間。
「じーーーーー」
「うおっ、雪代さん!? いつの間にっ」
気づけばすぐ隣に雪代さんが立っていて、驚いてしまった。
「なに作ってるのかなって」
「できあがればわかるよ。これは試作品だから、本番は別のを作る予定だけど」
「ふーん……。相沢、エプロン似合うね」
「えっ、そ、そうか?」
料理用に持ってきたエプロンを身につけただけなのに、そんなことを言われるとは思わなかった。むしろ俺は、雪代さんのエプロン姿を見てみたいんだが……。
『うっふーん』
なぜか雪代さんの裸エプロンを想像してしまった。
っ……今は和菓子作りに集中だ!
「ここで見ててもいい?」
「ご飯はいいのか?」
「食べながら見る」
手には炒飯を持ったまま、じっと俺の手元を覗き込む雪代さん。そんな視線に少し緊張しつつ、最後の仕上げに入った。
竹串で細かく線を刻み、黄色く着色した生地を茶こしでそぼろ状にしてそれを中央へ。最後に用意されていた金箔をまぶして完成だ。
「な、なにこれっ!!」
雪代さんの目が、ぱあっと輝いた。
そこに並んだのは、五種類の練り切り。
どれも桜をモチーフにした花の和菓子だった。
「今って春だろ? だから桜をテーマにしてみたんだ」
「す、すご……! 相沢、天才か?」
「言い過ぎだって。ただの基礎だよ。和菓子専門じゃないから、できる範囲で作っただけ」
練り切りは上生菓子とも言われる和菓子の王道。上品な見た目と繊細な味わいで、季節の花を表現するのも定番だ。
「食べるのが、もったいない……」
「雪代さんにも、そういう感覚あるんだな」
食べ物は即口に放り込むタイプだと思っていたが、さすがに目の前の出来栄えには戸惑ったらしい。
「まあ、せっかくだし。中華を食べ終わったあと、デザートにしてくれ」
「わ、わかった! じゃあ爆速で食べる!」
宣言通り、雪代さんはフードファイターのような勢いで中華を平らげ、食後のお茶を手に練り切りへと向き直った。
「ごくり……」
桜の花を模した練り切りをひとつ手に取り、口へ運ぶ。
「う、うみゃい……! ああ、おいし……」
まるで天に昇っていくような表情で、雪代さんは舌の上で和菓子を転がし、じっくりと味わった。
「中にあんこが入ってる……」
「入ってないのもあるけどね。少し変化をつけたくて。ゆずピールを混ぜたのもあるから、それぞれ味が違うよ」
「おおおおお……やっぱり天才かも」
「はは……喜んでもらえたなら、それで十分だ」
雪代さんが笑顔になるのを見て、胸の奥がじんわり熱くなる。
この感覚――いつ以来だろうか。
そうだ。あの時と同じだ。
料亭の厨房では、客の顔が見えない。けれど、自分の作った料理を「美味しい」と言われた瞬間、心の奥が熱を帯びた。
俺は――人が料理を食べて笑顔になる姿を見るのが、好きなんだ。
「雪代さん……ありがとう」
「……? ありがとうは、こっち」
「はは、そうか。でも、これは本番じゃないからな」
「相沢、ゆーしょー!」
「気が早いって。紫藤さんはパティシエ志望なんだろ。そう簡単に勝てるかな」
彼女は日常的に洋菓子を作っているはずだ。
俺とは境遇が近いが、長く厨房を離れていた分、腕が鈍っているのは否めない。
「彩女のケーキもすごく美味しい。でも、今は相沢がゆーしょー」
「……そうか」
雪代さんは本当に掴みどころがない。
のんびりした空気に包まれていると、自然と心が温かくなる。
俺も一つ、桜の練り切りを口に入れる。
「ああ……こんな味だったな」
小さい頃、はじめて作った練り切り。
その時の記憶が蘇る。
『おおっ、美味しいぞ悠希! やはり俺の息子は天才だな!』
大嫌いになってしまった親父が、俺の作った練り切りを食べて笑った――あの日の声が。




