第10話 トラブル
日曜日。土曜日と同じく、休日はユーバーミーツの稼ぎ時だ。
休日は報酬単価が上がるので、平日よりも効率よく稼げる。昼前から自転車を走らせていた俺は、午後二時を回ったあたりで一度足を止めた。
「ふぅ……長時間はやっぱりキツいな。配達自体には慣れてきたけど、体力はまだまだだ……夏はこれより十度以上も暑くなるんだよな。大丈夫か、俺……」
今は二十度前後。汗ばむくらいだが、夏になれば体力を削り取られるような熱気が待っている。ユーバーミーツは体力仕事、数をこなしてナンボだ。だからこそ、夏を無事に乗り切れるかが心配だった。
「やばいやばいやばいっ……!」
そんなことを考えていた矢先、駅前の大通りの近くから女性の慌てた声が飛び込んできた。
視線を向けると、俺と同じくユーバーミーツのドライバーらしき女性が、専用のデリバリーバッグを抱えて右往左往している。
「…………」
気になって休憩中のドリンクを置き、俺は声をかけに近づいた。
「あの、どうかしましたか?」
「わっ! びっくりしたぁ! って、同じドライバー!? マジ!?」
振り返ったその女性は、ヘルメットの下から肩まで伸びた茶髪のボブがのぞいていた。どこかお姉さんっぽい雰囲気をまとい、しかも胸の存在感が強烈だった。ぴったりしたトップスのせいで余計に目立つ。
「すみません、驚かせて。でも困ってたみたいなので、力になれることがあればと」
「え、いい子すぎる! あのね、やばいの! 自転車パンクした! しかも今ダブルピック! このままじゃ二件分の料理が届けられなくなる〜っ!」
彼女が言う「ピック」とは、店舗で商品を受け取ること。そして「ダブルピック」は、一度に二件分の注文を受け、まとめて配達することを意味する。アプリで受諾すれば、自動でルート案内もしてくれるため難しくはない。
だが――肝心の自転車がパンクではどうしようもない。サポートに連絡し、注文者にキャンセルしてもらう手もあるが、彼女の慌てぶりを見ると何とかしてあげたい気持ちが勝った。
だから俺はひとつ提案をした。
「――俺の自転車、使います?」
「えっ……」
「ちょうど休憩中なんで。お姉さんが配達を終えるまでここで待ってますよ」
「え、ほんとに!? でも……そのまま自転車盗まれたらって思わないの?」
そう言われても、俺の愛車は量販店で買った安物のマウンテンバイクだ。愛着がないわけじゃないが、無事戻ってくるなら貸すくらいは構わない。
「そのまま持っていかれたらさすがに困りますけど……するんですか?」
「しないしない! ちゃんと返すよ! ……じゃあ、お言葉に甘えて、借りてもいい?」
「はい。これ、自転車の鍵です」
「うおー、マジでいい子! ……あ、自己紹介してなかった。私、新川新菜! 君は?」
「相沢悠希です」
「これ人質!……これで戻って来なきゃいけなくなるでしょ!」
そう言って彼女は、胸ポケットから手帳のようなものを取り出し、ぽんと俺に放ってよこした。
「絶対返しに戻るから安心して!」
「わ、わかりました」
「相沢くん待っててねー!」
颯爽と走り去る新川さん。
その後ろ姿を見送りつつ、手にした手帳を眺めると――
「生徒手帳……しかも氷誠学園!? 俺と同じ学校じゃん!」
さらに開いたページを確認すると、彼女が一つ上の二年生だとわかった。
つまり先輩だったわけだ。
「一個上の先輩……大学生くらいかと思ったのに」
大人っぽく見えていたので、想像よりも年が近くて驚いた。
そうして約二十分後。
「相沢くーん! 戻ったよー!」
笑顔で手を振りながら戻ってきた新川先輩は、無事に配達を終えたようで安堵した様子だ。
「ホント助かった! ありがとね!」
そう言いながら俺の背中をバシバシ叩く。
かなり距離感の近いタイプらしい。
「これ、生徒手帳です」
「おおっ、人質が返ってきた!」
「実は俺も氷誠の一年なんですよ」
「ええっ!? マジ!? じゃあ後輩じゃん! これって運命!? 」
彼女は目を輝かせ、テンションを爆上げしてきた。
「じゃあこれからは新川先輩って呼びますね」
「うおーっ! ついに私も先輩って呼ばれる日が来た!」
「部活してなかったんですか?」
「やってなかった! だから後輩と関わる機会がなかったのよー!」
「なるほど……俺も同じです。先輩って呼ぶのははじめてかも」
「わー、はじめて同士だ! いいねこれ! あ、そういえば悠希はユーバー歴どのくらい?」
いつの間にか名前呼びになっていて、懐に飛び込むのが早い人だ。
「二、三週間くらいです」
「へえー、新人だ! 私は半年くらいやってるけど、パンクは今日がはじめて!」
「パンクはどうにもできませんしね。そのまま下手に走ればチューブまで交換になって余計に高くつきますから」
「なるほど、詳しい! でもユーバー知識なら私の方が先輩だぞ〜!」
「じゃあ今度からは色々教えてください、新川先輩」
「くぅ〜、これが後輩っ!」
その後、連絡先を交換して別れることになった。
別れ際、送られてきたのは女の子が投げキッスしているスタンプ。どうやらお礼のつもりらしい。
◇◇◇
「そういや、雪代さんに料理を作る話……連絡してなかったな」
夜も更け、そろそろバイトを切り上げようとスマホを取り出す。雪代さんにメッセージを送り、画面を閉じた。
だが、今日に限って彼女から注文が入ってこないのが妙に気になる。もしかして節制しようと頑張っているのか――そんなことを考えていた時。
「あれ……指名依頼?」
画面に表示されたのは、雪代さんからではない。
別の誰かからの指名依頼だった。




