第5話 誘惑
ただの不良だけでなく怪しい力を使う不届き者を次々と倒し、負けという文字が付いたことのない伸郎の噂は高校生以外にも広まっていた。
「松石伸郎・・・転校早々1日で学校のボスを倒し町の悪い人達も秒で倒す。しかも彼は傷1つないどころか余裕の表情・・・とても興味深いわね。怪力イケメンの稲葉騎士とも同じ学校だし是非、勧誘しましょう」
少し幼い見た目だが男を魅了する、どこか色気を感じる女子高校生は伸郎に会いに向かった。
朝、和夜は騎士のお迎えと共に家を出て途中で3人の女友達とも合流し学校へ向かった。バトル漫画の戦闘キャラにはなれなかったが現実では出来ない夢の楽しい青春を謳歌していた。一方、伸郎はいつもギリギリまで寝て学校へ向かうが今日は早く目が覚めた。そのため、いつもより少し早く家を出た。伸郎が学校の校門を見ると制服の違う1人の女子高校生。その人を守るように囲む男子高校生の集団が居た。朝から他校の制服ばかりが居て不審に思っていると
「あなたが松石伸郎さん?転校初日で学校のボスを倒して町の平和を守る強いヒーローって伺ってるわ。少しお話することは出来ないかしら」
「えっ、ああ」
女子高校生の方から話し掛けられるとは思わず驚いた。告白を一瞬だけ期待した。女子高校生の進む方へ付いて行き人目の付かない場所へ移動した。ゾロゾロと男子高校生の群れも付いて来るので集団リンチではないかとガッカリしたがそれも外れた。
「初めまして。私は黒葉。単刀直入に言うわ。貴方、私達の仲間になってくれないかしら?」
「ん?何の仲間だ?」
「私を危ない人から守る仲間」
「はい?」
伸郎は困惑した。自分を守るために仲間に入らないかといきなり勧誘されたからだ。しかも本人自らである。いくら可愛い人でも自分には妻も娘も居ることから変な勧誘には抵抗があった。というのは建前で本音を言うと絶対に迷っているだろう。可愛い若い子からの勧誘である。
「念には念を入れてね。強い方が現れたら全員、勧誘しているの」
「誰か倒して欲しい奴でもいるの?」
「まだ居ないわ」
「今は貴方の後ろにいる集団で十分じゃないのかな。もし何かあったらその時に教えてよ」
「何かあってからじゃ遅いのよ。だから彼らみたいに私のボディーガードとして日中とか一緒に居てほしいの。」
「いや、俺は良いです」
伸郎は断った。
「どうしても?貴方みたいに強い人が居ないと私、不安で」
「お前、黒葉様が直接お願いをしているんだぞ。仲間になって実力があれば一緒に居られるんだ」
「俺には関係ないんで」
男共には冷たく言い放つが黒葉には
「もし何かあったらその時に教えて下さい。悪い奴ならやっつけるんで」
笑顔で言い、軽く会釈もして教室へ向かった。黒葉は残念そうにその背中を見つめた。実は死角で見えないが近くに和夜と騎士がいた。和夜はパパ、若い姉ちゃんにデレデレしながらもちゃんと断ったかぁ、意外、と少し関心をしていた。
放課後にも朝のように黒葉と強そうな男の軍団が居た。騎士と和夜の2人が学校から出て来る。なぜ2人なのかと言うと南、茅野、メガネは週当番の仕事で一緒に帰れないからだ。2人でクレープでも買い食いでもしようと校門を出た所、騎士は黒葉から話し掛けられた。
「貴方が稲葉騎士さんよね?少し個別でお話出来ないかしら?」
「無理」
即答で話すことすら断る騎士に和夜は驚いた。男共は話すら聞こうとしない騎士にイラつき口を開こうとしたが珍しく和夜が気を利かせた。
「少しって言ってるし話したら?別にクレープは逃げないしさ」
「知らない人のために和夜ちゃんと離れたくないし時間も取られたくない」
「えええー・・・」
和夜は少し引いていた。ただでさえ一緒に居ようとするのも違和感はあったがここまでとは思わなかったのだ。黒葉は少し悩み
「じゃあ、2人でも良いわ」
騎士は不服ながらも和夜が言うならと話だけは聞くことにした。朝と同じ、伸郎と同じ仲間にならないかの勧誘話。結果は勿論
「無理。話も聞いたし和夜ちゃん、行こう」
「う、うん」
和夜もその場に居るのが気まずかったので一緒に立ち去りクレープ屋へ向かった。黒葉はまた男の背中を残念そうに見つめていた。
黒葉達は自分達のテリトリーへ戻った。そして、どうすれば伸郎と騎士を仲間に出来るかを考えた。そこで、伸郎の妹でもあり、騎士の大のお気に入りである和夜と話をしようと考えた。
次の日の朝も黒葉と男共が校門の近くに居た。今度は騎士と登校する和夜に近づき声を掛けた。
「貴方が伸郎さんの妹だったのね。宜しければ今日の放課後に食事でもしながらお話が出来ないかしら」
「はい、妹です。食事ですか」
昨日、強い男を勧誘していたかと思えば強くもない女に話し掛けて来たので少し怖かった。相手の目的が分からないのである。それだけでなく、いきなり知らない女性と食事は抵抗がある。しかし、断る言い訳が思い付かなかったので和夜は言った。
「少しなら」
「良かった。一応お願いがあるんだけど和夜さん1人で来て頂ける?和夜さんだけに話をしたい内容なの」
「は、はい」
「和夜ちゃんに何かする気じゃないよね?」
騎士は疑いの目を向けた。
「別に何か危害を加えるなんてことはしないわよ。本当に食事しながら話をするだけなんだから。食事をする場所は駅前のレストランなんてどうかしら。私の行きつけなんだけど、お店の方が無料にするから是非、若い女性に新作の味見をして欲しいって言ってて」
「えっ、良いんですか!?あっ、でも、すみません。私、小食気味で量はあまり食べれなくて」
「心配いらないわ。シェフにそう伝えておくわね」
「ありがとうございます!」
「じゃあ放課後に迎えに来るわね」
騎士の心配を余所に和夜は食べ物に釣られた。前から気になっていた高級そうなレストランに無料で入るチャンスだからである。そもそも正体は高校生にさせられた大人であり、自分の方が年上で成人しているし大丈夫という余裕もあった。
「まぁ何もないよ。きっと。」
騎士を安心させるために言った。
「・・・うん・・・もし何かあったら直ぐに連絡してね」
「はーい、おっけー」
それでも騎士の心配は消えなかった。