第1話 始まり
やっぱり若いやつに勝つのは厳しいなぁ、と松石伸郎は思った。彼は現役の自衛官だが定年まで近づいた年齢。そのため20歳の若者を相手に短距離競走のスピード勝負で勝つのは厳しかった。しかし同年代と比べると相当な身体能力だ。年は取っていても、あらゆる大会では今も変わらず引っ張りだこである。
「後10年、若ければ楽勝なのに」
ボソッと呟いた。
「なら若返らせてやろう」
どこからか独特な声が聞こえた。そこからの記憶はなかった。
伸郎は目を覚まし、見覚えのない天井を見て飛び起きた。
「やっと起きたか」
「誰だ!?」
聞き覚えのある声が聞こえ、辺りを見回すが誰も居なかった。また声が聞こえた。
「落ち着け、お前の願いを叶えてやったんだ。若返りたいという願いをな。お前は選ばれた人間かもしれない」
鏡を見て驚いた。シミやシワのない肌、本当に若返っていたのだ。元々、年の割に染めてると疑われる位に白髪のない髪だったが目の前にあるのは完全な黒髪。若い頃にしていた前髪を垂らすサイドバックリーゼントだった。不思議なことはそれだけでなく漫画のような顔だった。
「若返らせてやる代わりにお前には私の作った漫画世界の主人公として生活をしてもらう。ただの主人公じゃない。最強キャラの主人公だ。喜べ」
「何を言っているんだ!?・・・」
伸郎はあまりにも現実離れをしたこの状況が呑み込めなかった。数秒の沈黙後
「おい、ここが本当に漫画世界なら元の世界へ返せ。俺には妻も娘もいるんだ」
「安心しろ。お前の家族も一緒にいる。リビングの方へ顔を出してみろ」
伸郎は急いで扉を開けた。
リビングには姉妹に見える若い女性が2人いた。金色に近い茶髪の綺麗なストレートボブで前髪ぱっつんの女性が声を出した。
「貴方、なの?」
「美智子か!?」
流石、夫婦なのか。お互い漫画風の若返った姿でも気づいた。
「パパ?」
残り1人の茶髪ロングヘアは娘の和夜だった。少し前まで未成年だったため若返っているのかどうかの違いは分からなかった。
3人の前に白い光を放つ小さい玉が現れた。
「家族3人集まったな。見れば分かるがお前らは若返った。高校生位にな。お前らには近場の高校に転校生として入り生活をしてもらう。俺を楽しませろ。」
「は?」
伸郎は苛立った。当然だろう。いきなり訳の分からない奴の漫画世界という所に連れていかれて高校生になれだの、楽しませろだの言われ妻と娘に困惑した表情をさせているのだ。
「私は漫画家の仕事をしていてね。ネタがなくて困っていたのだよ。そこで丁度良い人材がいたからね。若返りたいようだし身体能力もかなり高い。バトル漫画の主人公として、最強キャラとして相応しいかもしれないと思って呼んだ」
「それって漫画やアニメでよくある転生とか?・・・ですか?」
アニメ好きの和夜が口を開いた。この質問に対して漫画家を名乗る者は黙っていた。
「とにかく俺達は帰らせてもらう。お前の茶番に付き合ってられない。元に戻せ」
「それは無理だ。お前には漫画の最終回を迎える義務がある」
伸郎の命令に対して自称漫画家は答えた。
「漫画の最終回を迎える?具体的にはどうしたらいいんだ?」
「それは答えることは出来ない。とりあえず高校へ行ってみろ。そうすれば話が進むはずだ。それにお前は漫画の主人公、最強キャラの設定をしてある。せっかくだから楽しめばいい」
美智子が顔に手をついて話をした。
「困ったわね。また高校生をしなきゃならないなんて・・・」
「大好きなバトル漫画の世界に来れたのは嬉しいけど学校は面倒臭いなぁ」
「それにパパは定年まで後少し。退職金が貰えなくなったら困るわ」
「あっ、確かに!?大事!」
「そこかよ!?バトル漫画の主人公になったパパの身の心配をしてくれないの!?まぁ、パパは楽勝だけど」
「せいぜい頑張るんだな」
自称漫画家は不敵な笑い声をあげた。
これから始まる伝説の救世主物語である。