第4話 「美しい国」 ~エレガリアへようこそ~
朝靄が晴れ始めるころ、ヘレナとルカはその街に辿り着いた。
城下町「エレガリア」。美しさの都と呼ばれる場所。
眼下に広がる町並みは、まるで絵画のようだった。
整然とした石畳の道、左右対称に配置された建物、色とりどりの花が飾られた窓辺。
一歩足を踏み入れた瞬間、空気までが澄んでいるように思えるほど、整っていた。
「すごい、綺麗……」
思わず漏れた声に、ルカが首をかしげた。
真っ白な小さな狐の姿をした彼は、やや不機嫌そうにしっぽを揺らしている。
そこへ近づいてきた門衛が、ぴたりと二人の前に立ち、丁寧ながらも硬い口調で告げた。
「ようこそお越しくださいました、旅のお方。ここエレガリアでは、美しさこそが秩序の基礎です。
服装、所作、言葉遣いに至るまで、すべてに美が求められます」
その声は澄んでいたが、どこか機械的で、背筋が伸びるような響きを持っていた。
「乱れた振る舞いや、“美”を損なう行動が確認された場合――たとえ悪意がなくとも、外部の方には即時退去を命じることとなります。これは、この国の調和を守るための決まりです」
門衛は一歩前に出て、用意された薄緑のドレスと髪飾りをヘレナに差し出した。
「こちらを着用ください。街の調和を保つための配慮です」
そして、ちらりとルカを見てから、小さな蝶ネクタイを手渡す。
「お連れ様にはこちらを。色合いは、白に映えるよう選ばれています」
数分後、ドレスに着替えたヘレナが、姿見の前で髪飾りを整える。
旅装を脱ぎ、鏡に映った自分の姿に、ほんの少しだけ胸が弾んだのはたしかだった。
不機嫌そうにしっぽを揺らすルカの姿に、ヘレナは笑いをこらえながら声をかけた。
「ルカ、それ……意外と可愛いよ?」
ヘレナがくすっと笑うと、蝶ネクタイをつけられたルカはふいっとそっぽを向いた。
滞在初日。
ヘレナは街の人々と触れ合いながら、“この国の美”について学んだ。
「所作とは、美しさの延長にある礼儀です」
「乱れた姿は、周囲への無礼に等しいのです」
「美しさは、心の品格そのものです」
街を進むほどに、ヘレナの目には次々と“美しさ”が飛び込んできた。
通りに面した家々の窓辺には、左右対称に花々が飾られ、つややかな葉に朝露が光っている。道行く人々は皆、洗練された服装に身を包み、すれ違うたびに美しい所作で会釈を交わしていた。
「……まるで、絵本の中に入り込んだみたい」
ヘレナは思わず立ち止まり、足元に広がる石畳を見つめた。それは、ひとつひとつの石が丁寧に磨かれており、つなぎ目すら美しく整っていた。
近くのカフェでは、テラス席の客たちが優雅にカップを傾けながら、どこか品のある声で会話を交わ
している。店員もまた、寸分の狂いもないお辞儀と、楽譜のように整った敬語で応対していた。
「ルカ、見て……すごいよ、ほんとに全部が綺麗!」
『うん、確かに、よくできてる』
ルカの声はどこか渋いが、ヘレナの胸にはただ純粋な感動が広がっていた。この国はキラキラと輝いて見えた――そんな思いが、ヘレナの心を満たしていた。
ウィンドウの飾りつけも洗練されていて、どこもまるで展示品のようだった。
そんな店々を眺め歩くだけでも、贅沢な気分になれた。
スイーツ屋では芸術品のようなケーキが並び、髪飾りの店では一つ一つに名前がついていた。
「ルカ、見て。『月夜の雫』っていう名前のケーキだって。すごく綺麗」
『甘そうだね』
「ふふ、甘いものに弱いくせに」
ルカとそんな言葉を交わしながら、店先を回っていると、
広場の隅で紙に絵を描いている小さな男の子が視界に入った。
「また、そんな雑な構図で……もっと綺麗に描きなさい」
母親が小声で注意していたが、声を荒らげる様子もなく、通りすがる人々も特に気に留めていないよう
だった。
(あんなに小さいのに、もう美しさを意識してるなんて……すごいな)
ヘレナは特に立ち止まることもなく、そのまま歩き続けた。
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