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第1話 「やさしい人」~やさしさの重さ~


美しさは、穢れと優しさの向こうにある。

だから触れなさい、人の弱さと優しさに。


ヘレナは、今日もまた“誰か”の声に導かれるように、ひとつの村へと足を踏み入れた。


 

緑がやわらかく映える季節。

川の水は透き通っていて、村の中央を静かに流れていた。


森に囲まれたセラン村は、どこか素朴で、けれど人の手のぬくもりを感じさせる場所だった。


その石畳の入り口を、ひとりの少女が歩いてくる。


風をはらんだような白銀の髪、軽やかな布のマント。

旅装束はよく馴染み、背には小ぶりな荷を背負っている。


肩の上には、雪のように白い小さな狐のような精霊がちょこんと乗っていた。


ヘレナは、風使いの旅人だった。


「……いいところだね」


風がそっと頬をなでる。

川のせせらぎ、木々の葉音、村人の笑い声が、どこか懐かしい響きに感じられた。


『今回はもしかして、三日以上いちゃう?』

 

肩の上の精霊──ルカが、澄んだ声をヘレナの心に送り込む。


「過ごして気持ちよかったら、いるかもしれないね」


そんなふうに会話をしながら、ヘレナは石畳の坂道をのぼる。


そこに、ふと視界の端に揺れる人影。


「あ……、大丈夫かな?」


道の先で、荷車を押している小柄な老人が、よろめきそうになっていた。

瞬間、ヘレナは息をのむと、思わず駆け出した。


「大丈夫ですか!? 手伝いますね!」


「あ、お嬢ちゃん……? おお、ありがとありがと、助かったよ」


荷車の脇に肩を入れて支えながら、ヘレナはにこりと笑った。


「いえ、こちらこそ。ちょうど通りかかったので」


「旅の人かい?」


「はい。ヘレナっていいます」


「へぇ、ヘレナちゃんていうのかい。ありがとよ。わしはセル。セルじいさんって呼ばれてるよ」


そう、これが始まりだった。


この村で、ヘレナが目にするもの、感じるもの。


それは、旅の初めにふさわしい、静かな問いかけだった。



翌日。


 朝の光が、木枠の窓から差し込んでいた。

 ヘレナは、宿屋の一室で使わせてもらっている布団の中で、うっすらと目を開ける。

 ほのかに香る木材の匂いと、小鳥のさえずり。村の静かな朝が、彼女をやさしく迎えていた。


『ねえ、そろそろ起きない? もうすぐ十時になるよ』 


枕元から、ルカの声がふわりと響く。


「ん……まだ」


頭をもたげると、白銀の髪が寝癖でふわふわと跳ねている。


片方の目だけでルカを見上げたヘレナは、ぼんやりと笑って肩をすくめた。


「うわ…ひどい」


『見事だね』


ルカは無表情のまま肩の上に飛び乗る。


ヘレナは寝癖を片手で軽く押さえながら、洗顔用の水瓶に向かう。


身支度を整えたヘレナは、小さな荷物を肩に背負い、階下の食堂へと向かう。

暖炉の火はすでに落ち着き、カウンターの奥では宿の女将がテーブルを拭いていた。


「おはよう、お嬢ちゃん。お出かけかい?」


「おはようございます。はい、少し村を見て回ろうと思って」


ヘレナはやわらかく微笑む。


「そっか。今日はどこへ行くんだい?」


「昨日の広場の先に、大きな木が見えたので……ちょっと気になって」


「ああ、あれはご神木って呼ばれてるやつさ。昔から村人に大事にされてるんだよ」


 女将はにっこりと笑い、手を止めた。


「また夕方には戻ります。晩ごはん、楽しみにしてますね」


「おうとも!うちの煮込みは評判なんだから」


 二人の間に、くすりと小さな笑いがこぼれた。


 外に出ると、清々しい空気が頬をなでる。

 朝の陽射しが木々を照らし、風がそっと彼女の髪を揺らす。


少し歩くと、森の方からコン、コンと木を割る音が聞こえてきた。

その音に、ヘレナはふと足を止める。


「……セルじいさん?」


ヘレナは村の東端にある小道を歩いていった。


草むらの向こうに見えたのは、やっぱりセルじいさんだった。


「おはようございます、セルじいさん」


「おや、ヘレナちゃん。昨日は手伝ってくれて助かったよ」 


手には斧。

足元には割ったばかりの薪が積まれている。


「今日は薪ですか?」


「村の南の奥さんに頼まれてね。暖炉の木が足りないって」


そう言って笑う老人の顔は変わらない。


でも、どこか少し、足取りが鈍くなっている気がした。


「よかったら、私も少し手伝います」


「いやいや、旅人さんにこんなこと!」


「今は旅の合間ですから」


断る理由が見つからず、セルじいさんはまた微笑んだ。

ルカは近くの石の上に飛び降りて、じっと2人の様子を見守っていた。


ヘレナは斧に手を伸ばしかけて、ふと空を仰いだ。 


「風にお願いしようかな」


彼女は手をそっと振ると、風が薪の山の周囲に集まる。


次の瞬間、すっと腕を横に振る。


「ウィンド・スライス」


風の刃が数本、静かに薪に走った。


乾いた音を立てて、薪が次々と綺麗に二つに割れていく。


「……っ! こりゃあ、たいしたもんだ!」


セルじいさんは目を見開いた。


「風魔法でここまで見事な切れ味を出せる子は、なかなかいないよ」


ヘレナは少し照れながら笑った。


「ありがとうございます。風は気分屋さんですから」


「ほう、そういう言い方をするんだな」


セルじいさんは割れた薪を拾い上げながら、懐かしそうに目を細めた。


「わしもな、昔は兵士をやっててね。多少は魔術師の力の見極めはつく方なんだよ。

あんたの風には、ちゃんと意志がある。そこがすごいんだよ」


ヘレナは一瞬、目を見開いて、それからまた小さく笑った。

ルカはその横で、ぴくりと尻尾を動かしていた。


薪をすべて荷車に積み終えたあと、セルじいさんは腰に手を当てて、ふうと息をついた。


風がふわりと吹き抜け、二人のあいだに静かな時間が流れる。




「ありがとうな、ヘレナちゃん。おかげでだいぶ助かったよ」


セルじいさんは笑いながら、薪を荷車に積み終えた。


「いえ、こちらこそ」


軽く頭を下げて、ヘレナはその場を離れる。


川沿いの道を歩きながら、村のあちこちを見てまわった。


香ばしい焼き菓子の匂いに誘われて小さな屋台でおやつを買い、

野菜を干していたおばあさんに話しかけられてしばらく談笑し、

広場では子どもたちの笑い声が響いていた。


「セルじいさーん、これもお願い〜!」


遠くから、にぎやかな声が届いた。

振り返ると、村の通りの向こうで、セルじいさんがまた別の荷物を抱えようとしていた。

どこかへ向かう途中のようだった。


「ああ、いいとも。すぐに届けよう」


いつもと変わらない、優しい笑顔。

でもその肩は、一瞬だけ重さに沈むように見えた。


ヘレナは、その様子を遠くから見ていた。

頬をかすめる風が、どこか冷たく感じる。


――あの優しさは、本当に大丈夫なんだろうか。

挿絵(By みてみん)


最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


優しさって難しいですよね。

セルじいさんに対してヘレナはどう思っているんでしょうかね。

次回はそんな続きを書いていきたいと思います。


すこし日常を思い出せる物語になっていたら嬉しいです。


※この物語は【毎週木曜更新】予定です。


※次回は《6月12日(木)》更新予定です。お楽しみに!


※物語の楽曲もYouTubeにて後日アップ予定です。よければそちらもぜひ。


※コメント・レビューも励みになります。お気軽にどうぞ!

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