異民族の家(ニエシンガヤ)
――どうやら、眠ってしまっていたようだ。
初めての友達ができたというのに、その前で寝てしまった。
まあ、昨日は一晩中知識の書を探求していたのだから、仕方がないだろう。
それはよしとして。で、わたしはどこで寝ているのだろう?
わたしは馬車に揺られて心地よく、硬い木の荷台で寝ていたはずなのだが、どういうわけか、ふかふかしている。
というか、まあまあ、いや、かなり長い間寝ていた気がする。
それこそ、わたしが知識の書を探求していた時間と、同じくらい。
……ベッドの上だな、これ。
目を覚ますと、白い天井と、それを支える木の枠組みが見えた。
ふかふかした寝床に手をついて、体を起こすと、そこで違和感に気がつく。
「あれ、右腕……」
ガッチガチに布で固められていた右腕が、やけに開放的になっていた。
いや、それだけじゃない。上半身がやけにスースーする。
下を見てみると、左肩とお腹あたりが露出していた。
逆に、右肩から左の脇下にかけて、白い布がかかっている。
つまり、上半身には服と呼べるものは身にまとっていなかった。
誰かに治療を施されたのだろう。右肩も開放的にはなっているが、なにかで固められており、まだそれほど動かせない。
それよりも、ここはどこだろう。
周りを見回してみると、そのは円形の部屋のようだった。いや、外の音が聞こえる。円形の、簡素な家だ。
家の中心に暖炉のような物があり、それを囲むように、家の中心を支える柱が数本立っている。
というか、この家は、壁や天井が布のようなものでてきていた。ベッドのすぐちかくの壁を撫でてみると、麻のような布の感触がする。
麻は通気性が低く、外気を遮断しやすい素材だ。
知識の書にも記載があった。ここは、どこかのニエシの家だろう。
家具は暖炉やわたしの寝ている寝床の他に、背の低い机や背もたれのない椅子、弓や槍が立てかけてある棚、そして地面に敷いてある簡素なカーペット。部屋の奥の方には、躍動するような豪奢な赤い鳥の絵があった。
誰の家だろう。誰かの一晩の寝床を奪ったんでなければいいのだけれど。今外が明るいということは、わたしはもう一日くらい寝てしまったということになる。知識の書を覗いて、想像以上に疲れていたのだろうか。
ばたん、と音がした。
それと同時に、寒い風と、足音が入ってくる。
軽い足音。大人のものではない。
入ってきたのは、可愛らしい年齢の、小さな女の子だった。
その子がわたしを見るやいなや、指をさして大きな声を上げ始める。
「オヒニャ! オヒニャ!」
何を叫んでいるのかわからない。
目を白黒させていると、その女の子は、そそくさと扉を閉めて出て行ってしまった。
そして、外でも彼女が大きな声をあげる音が聞こえる。
「アテカミャオキヒ! イオネ!」
誰かを呼んでいるのだろうか。
するとすぐにまた、トタトタと走る音が聞こえはじめる。
今度は二人分の足音だった。そしてもうひとりの足音は少し大人っぽい。
バタム、とふたたび扉が開け放たれて、女の子に続いて少女が入ってきた。
「クパヤ、オキヒ! イオネ!」
繰り返し、女の子が、彼女よりふたまわりほど大きい少女に向けてしきりにいいかける。
対して少女は、わたしの顔をみて固まっていた。
「…………?」
どうしたのだろうか。はっと口を開けた状態でかたまっている。
かなり整った顔立ちの少女だった。このままずっと動かなければそういう人形にもみえるかもしれない。
「……イオネ?」
「はっ!」
女の子が心配そうに問いかけて、少女がようやく我に返った。
ふたたびわたしを見て、両目をぱちぱちとさせると、たたっとわたしに駆け寄ってきた。
そしてベッドの直ぐ側に、両膝をついてなにやらわたしのからだをじろじろと見始める。
同性に体を見られてもどうということはないけれども、今初めての会った相手にそこまで見られると、すこし気恥ずかしかった。
わたしの体を見終えると、次はわたしの顔をじっ、と見てくる。
今度は、さっきのような呆けた顔ではない。口をきっと結んで、わたしの目を凝視していた。
「イヒタリャ……!」
そしてなにやら感激したように、口を開いた。
何を感激しているのかわからない。けども、この子が何か勘違いしているのはわかる。
それも猛烈な勘違いだ。
「あ、あの……」
とりあえず、顔を離してもらいたい。
かなり整った顔立ちの少女。それにずいっと迫られると、同性としてもすこし顔が赤くなる。
そんなわたしの顔を見て察したのか、少女がはっとした顔をして、わたしから離れた。
「ハシュコイ……!」
なぜかお礼を言われた。
もしかしたらハシュコイは、謝罪の意味でも使うのかもしれないが。
黙っていると、少女が申し訳無さそうな視線で、わたしを見始める。
……わたしがなんだというのだろうか。
「あの……?」
話しかけようとすると、ぴくり、と少女は肩を震わせる。
「ええ、えい……イカンカセム……?」
そしてもじもじと、自分の指を交差させながら、口を開いた。
「あの…………」
一呼吸おいて、頭の中で『ニエシ』の言葉を組み立てる。
「えーっと…………コパ、インドゥクニャル《どこですか》……?」
舌が空回りそうになりながらも、なんとか言葉を紡げた。
……あれ、反応なし……?
と思ったら、ハッとしたように少女は口を開いた。
「こ、コパ、アンガカソンガイペナリ……!」
すこし頬を赤らめながら、少女がが返してくれた。
よかった。通じたようだ。なんで顔が赤くなってるのかはわからないけど。
それと、わたしが寝床を奪った相手も判明したみたいだ。
とりあえず布団から降りるか。
「あっ、マティタマペ……!」
布団から足を下ろそうとすると、あわてて止められた。
「……?」
「オリタマピネ……! ヨホタピタマペ……!」
いくらか聞き取れない単語があるけども、まあ、まだ降りるな、ということだろうか。
おとなしくベッドにもどる。
すると、少女がふう、と切り替えるように息を整え、口を開いた。
「ア、アンガナパ、イナンダ」
いきなりの自己紹介だった。
名乗られたら、こちらも返すのが道理だろう。
「ファンガナパロフーユ」
「ロ、ロフーユ、コエヨイアンガカソウォウィテヒ……」
なにやら、もじもじしながら話してくる。
何を言っているのか全然わからない。
「えーっと……?」
「あっ……」
頭の上に疑問符を浮かべていると、どうやらそれに気が付いてくれた。
「コア、ロフーユ、コニテマタルヤ……?」
親切に簡単に言い直してくれた。
こくり、とうなずく。
「ハシュコイ」
ぺこり、と一礼をして、イナンダは立ち上がり、くるりと背を向けて、女の子の手を引いて出ていった。
しばらくして、また家に近づいてくる足音が聞こえる。
……あれ。
今度の足音は、かなり多かった。
一人や二人じゃない。五人、いや、十人以上いる……?
しかし、家の中に入ってきたのは、たった一人だけだった。
「ヨヒアサ」
小さく手を上げて、入ってきたタカンガリは挨拶をした。
女の子の名前を変更。