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狩人の口笛(ソンブヒ)

 知識の書。


 皇族代々伝わる、不思議な異能がある。


 この世のあらゆる知識を網羅するという、初代皇帝が有していた異能。


 それは皇族を構成する五王家の嫡流にのみ受け継がれる異能で、わたしもそれを有している。


 しかし、その異能には有する者によって、網羅する知識が異なるという特徴があった。


 わたしの『知識の書』は、『人々の書』。この世に存在する幾百の民族の知識を網羅する異能だった。


 そもそも皇帝から分岐した異能だが、それはそこからさらに制限される。


 『知識の書』は、覗くのに時間がかかる。深ければふかいほど、細かければ細かいほど、覗くのには時間を有する。


 さらに、『知識の書』を今までそれほど真面目に探求してこなかったわたしは、『ニエシ』という民族を探し当てるまでに、一晩中かかった。




 『知識の書』から出てきたあと、わたしは大きな口笛の音に起こされて目を覚ました。


 視界には、燃え尽きて炭になった焚き火の残骸と、そのそばにある火鍋のみ。


 わたしを助けてくれた『ニエシ』の狩人の姿はどこにもない。


 昨日と比べてすこし軽くなった体をゆっくりと起こして、わたしはその人の姿を探した。


 すると、また一度、大きな口笛の音が響き渡る。


 これが『ニエシ』の特徴だ。彼らは口笛の音を使って会話をするのだ。


 大きな口笛の音の後、少し小さい口笛の音が聞こえてくる。

 返答の口笛だ。


 わたしを助けてくれた狩人は、一人に見えて、一人ではなかった。ただ他の仲間と分散して行動していただけ。


 よく仲間と離れ、分散して行動をする彼らは、遠くまでよく響き渡る口笛を用いて、離れた仲間と会話をするらしい。


 雪に濡れた草をかき分けながら、大きな口笛の音が聞こえた方へと脚を進めると、少し開けた場所にわたしを助けた狩人の姿が見えた。


 また、口笛を使って何かを伝える。


 その後、二度続けて同じリズムの小さい口笛が聞こえた。


 そのやりとりをわたしの言葉に訳すとこうだ。


『女は動けない。来て』

『行く、行く』


 女とはつまりわたし、わたしが怪我をして動けそうにないので、仲間にこちらに来てほしいとお願いしているらしい。


 口笛の会話が終わると、振り返った狩人と丁度目が合った。


 彼は驚いたように目を見開く。


「サマスィ」


 口笛ではない声の言葉で、わたしに何かを言う。


 寝ている間には、口笛の言葉と簡単な『ニエシ語』を調べるので精一杯だった。まだ理解できない言葉は多い。


動けるのか(アリカルニャ)?」


 今度の言葉は理解できた。


 幸い『知識の書』で引き出した情報は、一度見れば脳に焼き付いて忘れない。言葉の習得に躓くことはない。


 こくりと頷いて、返答をする。


 『大丈夫です』くらいの返答のフレーズは知識の書から引き出したのだが、発音はまた別問題だ。この狩人がつかう言葉は、発音の種類がわたしの言葉よりもだいぶ多い。


 わたしが理解を示したことに狩人はすこし驚いた後、わたしに背を向けて再び口笛を吹いた。


『女は大丈夫だ。動ける』


 するとしばらくして、また小さい口笛でこたえが届く。

 意訳すると、


『迎えはいるか?』

『よこしてくれ』


 というかんじだ。


 今は歩けはするが、狩人の仲間のところまでその足で歩くほどの力はない。狩人は、普通五キロ(一〇ディー)も離れたところから口笛で会話をする。

 この狩人の、他人の察する能力には感服するばかりだ。


 会話が終わると、再び狩人はわたしの方に顔を向けた。


「腹は減っているか?」


 優しい顔で狩人はそう言う。


 こくり、とわたしは頷いた。


「じゃあ、行こう」


 そう言って、狩人がわたしを先導するように、草の中に入って行った。


 その背に、わたしは言葉を投げかけた。


ありがとう(ハシュコイ)


 初めて口にする異言語に、舌がもつれそうになる。

 今までは言っても伝わらなかった。だが、これだけは伝えなければならない。難しい発音でも。


 ぴたりと狩人は動きを止めて、驚きに満ちた表情で振り返る。


ありがとう(ハシュコイ)


 それを繰りかえす。 


大丈夫だ(ホトナイ)


 優しい微笑みを見せて、狩人は再び歩き始めた。


 

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