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空を飛ぶ人々(アマカエンビトゥ)

 甲高い口笛の音が鳴った。


 その音で、少し離れた場所にいる馬五頭が一斉に首をもたげる。


『今すぐこっちにこい』


 主のその命令に従い、馬たちは全力で駆けだす。




(はな)ったら全員走れ!」


 タカンガリの声が響く。


 一斉に五本の矢が放たれ、それと同時に五人は後ろへ駆けだした。


 放たれた矢は、杖を持った青黒い髪の男へと吸い込まれていく。


 その直前で、矢はピタリと止まった。何かに阻まれたかのように、がしゃりと五本とも地面の上に落ちていく。


 男はふわりと空中に浮かび上がった。


「殺さず拘束せよ。特に、顔に傷の多いあの男を」


 それを後ろ目で見たタカンガリは驚愕に目を見開いた。


 空を飛ぶ人間とは、おとぎ話の話ではなかったのか。


 男の背後にいるすべての人間たち、どれも漆黒の髪を持ってローブを着ている人々たちが、一斉に空中に浮かび上がる。


「青い髪の男へ打つんだ!」


 タカンガリは仲間へ命令した。


 走りながら矢をつがえ、全員同じタイミングで地を蹴ると同時に振り返り、中空で矢を放つ。


 五本の矢はすべて正確に黝の髪の男へと正確に吸い込まれていった。


 しかし再び、男の直前で矢は止まり、地に落ちる。


 タカンガリたちは地面に着地した後、すぐに体勢を戻し、再び背を向けて走り出した。


「原始的だが、弓の技は大したものだな」


 男は空中でそう呟く。


「追え。地を這う人間に、帝国の飛行騎士団が遅れをとることなどあってはならない」


 体を前方に傾け、男たちは空中を加速していく。


 その速度は地面を駆けるタカンガリよりも数倍早かった。


殿下(フィヤ)、馬が」


 男の側近の、漆黒の髪の男が、逃げるタカンガリたちの先を指さす。


「馬か。足止めせよ」

「仰せのままに」


 側近の男と、その後ろにいる人々が、持っている杖を一斉に五頭の馬のほうへと向ける。


 その杖の先から、見えない衝撃波が飛び出し、馬たちへまっすぐ飛んで行った。


 それが直撃する直前、馬たちが何かを察知したように、それを避けるように横へ飛ぶ。


「む?」


 数発の衝撃波はすべて地の表面をえぐり、雪の残る芝をひっぺがえしただけだった。


 その時、馬たちがタカンガリたちと合流する。


「どれも裸馬だ。乗れるのか?」


 男は眼下のそれらを見下ろした。


 タカンガリたちが馬の勢いのままに、その首元に手をかけ、地を蹴り、馬の体に足をかける。


 そのまま大勢を整え、数瞬もかからずに乗馬した。


「見事だな」


 甲高い口笛の音が鳴る。


 馬が一斉に方向を変え、男から見て左手の方へと駆けだした。


「南の方へ行ったか」


 男は体をそちらへと傾け、方向を転換する。


「あの馬はあまり速くない。図体が大きいだけに速度が劣っているな」


 男たちの飛ぶ速度であれば、走る人間相手よりは時間がかかるが、馬にも追いつける。


「矢をつがえろ!」


 タカンガリが叫び、男は眉をひそめた。


「なんだと?」


 タカンガリたちが馬に乗ったまま弓に矢をつがえ、矢をこちらに向けたのだ。


 あまりにも無理な姿勢だった。

 裸馬乗っているというのに、さらに上半身だけをこちらに向けて、矢を引いていた。


 矢が放たれる。

 しかしそれは再び男の直前で止まり、遠い下の地面へと落ちていく。


八〇シャフ(二五メートル)は離れている……それを正確に、飛んでいるわたしに当てるか)


 男は馬へと杖を向け、それを握る手に力を籠める。

 その先端から見えない衝撃波が放たれ、タカンガリたちの方へと飛んでいく。


 しかしその直前で、何かを察したように、馬たちは横に飛んで回避した。


 衝撃波が地をえぐる。


 馬だけがよけたのではない。その上に乗る人たちも一緒に馬のたてがみを引き、避けるように指示していた。


 男はさらに速度を上げた。


殿下(フィヤ)

「後ろからだ」

「仰せのままに」


 男は集団から抜け、一人でぐんぐんと速度を増して行った。


 あっという間に追いつき、馬たちの真上に来た時、再び衝撃波を彼らに向けて放つ。


 しかしまた避けられる。


(三度も避けた。馬だけでなく人もが。まぐれではない。高度な魔力探知能力か。だがやり返しては来ない)


 そして、男は馬たちを追い越し、馬の群れの前へと飛んで行った。


 さらに今度は高度を下げる。速度を増して行きながら。


「矢を放て!」


 タカンガリが叫ぶ。


 馬のたてがみから手を放して背の矢じりから矢を引き抜き、素早く矢につがえて放つ。

 五本の弓が次々に男へと飛んでいく。


 頭を地面のほうに向ける逆さまの男のへ向けて、弓たちは飛んでいく。


 再び直前で止まる。


 タカンガリは眉を上げた。


 男がその速度のまま、地面に着地した――ように見えた。

 地面すれすれのところで速度をたもち、体をタカンガリたちへと向けて後ろ向きで飛んでいた。


 男がタカンガリたちに杖を向ける。


「避け――――」


 そこまで叫んだところで、タカンガリは息をのんだ。

 その意識が後ろへと向く。


「後ろからもだ!!」


 かなり後方の空を飛ぶ人々もが、こちらへと杖を向けていることを、タカンガリは後目でとらえた。


 瞬時に五人の仲間たちへと目くばせをする。

 何人かが平静を失い、ほんの数瞬後に襲い来る見えない衝撃波を回避できない精神状態に陥っていた。


 タカンガリは舌を下唇に滑り込ませ、手を使わずに口笛を鳴らした。


『守れ!』


 それは馬への合図だった。


 前後から同時に、見えない衝撃波が発される。


 タカンガリは力いっぱい馬のたてがみを左へ引っ張り、顔を馬の背に触れるくらいに姿勢を低くした。

 主のその行動を察し、馬もその首を下へ向けて姿勢を低くして走る。


 その瞬間、頭のすぐ上を空気の塊が疾走した。

 そしてすぐ左で地面がえぐれる音。

 加えて誰かの悲鳴と、大きいものが地面で転がる嫌な轟音がした。


「トインガリ!」


 タカンガリは顔を向けてその名前を叫んだ。


 トインガリ(息子)ともう一人の仲間が、後ろからの幾発もの空気の塊を避けられずに、馬もろとも地面を転がった。


 ほかの二人も危なかった。人間の反応は間に合わなかったが、馬の機転で回避し、ふらつきはしたもののまだ馬にはしがみつけている。


 タカンガリと他二人の馬が、黝の男の横を追い越した。


 男はもう加速せず、地面のすぐ上をまだ浮かんでいる。


「拘束せよ!」


 男が声を張り上げた。

 後ろから追ってきていた空飛ぶ集団が速度を緩め、倒れた仲間二人のほうへと高度を落としていく。


 トインガリは落馬の衝撃で動けておらず、もう一人は馬のしたじきになって意識を失っていた。

 馬は両馬ともその場に倒れ、立ち上がらない。


「くそっ!」


 タカンガリはニエシの言葉の中で最も汚い言葉を吐き出した。

 無事な仲間二人が驚いたようにタカンガリに顔を向ける。


 馬のたてがみを引っ張り、速度を緩めさせる。


 それについて仲間たちも速度を緩め、停止した。


 その様子を、男は少し驚いたような顔をしながら見ていた。


「そのまま逃げないのか」


 何を言っているのかタカンガリには理解できなかったが、なぜだか、そこから尊敬の念を感じた気がした。


 その後ろで、黒髪の集団がトインガリの両手を締めあげ、馬のしたじきになったもう一人を監視していた。


 馬が脚を折っていなければいいのだが――――タカンガリはそう思った。

 倒れた両馬は動いていない。痛みで暴れないということは、馬が気絶するほど衝撃を折ったか、それとも命を失ったか。


「感心したよ、そなたたちには」


 男が再び口を開く。その顔には、薄い、ほんの薄いが微笑みが浮かんでいた。


「我らがもうすこし出来の悪い軍団なら、そなたたちには追い返されていただろうな」


 何を言っているのかわからない。


 しかし、不気味だ。なぜか好意だけは伝わってくる。

 他人をこれだけ集団で痛めつけておいて、好意を抱くとは。信じがたかった。それとも、自分の感覚が狂っているのか。


 タカンガリは舌を下唇に滑り込ませた。


 あれだけ話しかけてくるという事は、向こうはこちらの言葉を理解しているのかもしれない。


 しかし、笛言葉は理解していないはずだ。でなければ、そもそも集落からの口笛を認識していたはずだ。


 タカンガリは口笛を吹いた。

 馬に対して行う短いものではない。人に対する会話の笛で、少し長い。


 不意を突かれたように、男は顔をしかめる。


 気絶している者以外、これを理解したはずだ。


「その笛の言葉にも興味があるな。ぜひ、教えて欲し――――」


 ピィーーーーーーーーッ!


 タカンガリは甲高い笛を吹いた。


 瞬時に矢をつがえ、同時に放った。

 タカンガリは男を注視する。


 男は、飛んでくる三本の矢に視線と意識を注いでいた。


 ぴたり、と矢が男のすぐ目の前で止まる。


 その首のすぐそばを、後ろからの矢が飛びぬけて行った。


「がっ」


 男が声を上げる。

 後からの矢がかすり、そこに裂傷を作っていた。


 後ろからだ。トインガリが黒髪たちの拘束をはがし、矢を放っていた。


 ガラン、と三本の矢が地面に落ちる。


「もう一発だ! 瞬間(タイミング)をずらせ!」


 タカンガリは思わず叫んだ。


(視界の外からであれば、防げない!)


 男は首を抑え、後ろのトインガリをにらんでいた。


 すぐさま装填された矢を、四人が男に向ける。

 先ほど矢が当たってからのほんの数瞬後、新しいものが放たれた。


 男はまだトインガリの方を向いていた。

 その背後から、三本の矢が襲い掛かる。


「!?」


 しかし、その背のすぐ前で、矢は止まった。


(読みを外したか!)


 おおかた、空中に壁のようなものを作る奇術なのだろう、とタカンガリは推測した。そして意識さえ向けていれば、壁を作れるのだ。見る必要はなかった。


 そして視界の向こうのトインガリは動きを止めていた。

 矢を放つ直前の体制で、驚愕の表情のままぴくりとも動かなくなってしまっている。


「――――きさま――――――っ!!」


 まるで雷が落ちたかのような轟音で、男はタカンガリに顔を向けた。






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