邂逅(ファクラーブ)
「困ったな」
男は、その黝い髪を掻いた。
「勢いよくここまで飛んできたと思ったら、言葉が伝わらないところまで来てしまったか」
青色のローブを見に包んだ男の前には、五人の五人の男たちが立っていた。
どれも、暑苦しそうな白いもこもこの防寒着を身に着けている。
彼は目の前の人々が、とても同じ人間のようには見えなかった。
まず、肌が死人のように白かった。
更にどの人間も、優雅さとは程遠い、筋肉が前面に押し出たような体系をしている。
そして、その顔にはありとあらゆる生傷が見受けられた。彼らはそれを隠そうともせず、それどころか、自身の誇りであるかのように見せつけているかのようだった。
そして手には弓を持ち、その背には矢の入った筒を背負っている。
原始的な狩りを行う人々なのだろう。
(……ああ。こんな考えはいけない。あらゆる国と文化を支配する帝国だ。そしてわたしはその皇族だ)
とはいえ、目の前の文化すら持っているか怪しいような相手が、帝国が支配するに足る相手なのかすら疑わしいように見えた。
しかし、この民族たちは、一体どのように挨拶をするのだろうか?
皆、空から飛んで降りてきた彼を、不思議そうに眺めている。
そんな彼を見て、肌の白すぎる彼らは、彼の前でしばらく何やらざわめきたてていた。
その言葉を、彼は一つも理解することができない。
(そもそもこれは言葉なのだろうか? こんな言葉がこの世に存在していたとは。全く意味も見いだせない、雅さの響きが全く感じられない言葉だ)
こんなものが、帝国の領内に存在していたとは。彼は不思議に思った。
民俗学の授業は一度も欠かしたことがないが、これほど奇妙な人々に出会ったのは初めてだった。
さらに困ったことに、こちらの言葉を彼らは全く介さなかった。
帝国の領民であるならば、領民独自のことばを使う事などいくらでもあるだろうが、帝国の挨拶の一言も介さないとなれば、話は別だった。領民ならば、挨拶の一言二言くらいは介してしかるべきだ。
この狩猟民族たちは、さすが帝国の端にいる人々と言うべきか、まさに未開の民族、と言ったような感じだった。
それにしても、帝国の中でも名のある神話の山であるテーリン山のふもとにいる民族たちが、このような未開の部族であるとは、思いもよらなかった。
そう思っていると、五人のうちの一人が、集団から離れて少し遠い所へと歩いて行く。
そしてなにやら、指笛を吹き始めた。
随分と抑揚に富んだ激しい指笛だ。
しかし、なぜ今指笛を吹くのだろう? そして指笛で奏でる音楽にしては激しすぎるし、音楽のようにも聞こえないほどだった。
そしてやっと、口笛が吹き終わる。
すると、今まで男を見ていた四人の全員が、一斉に男のほうを向いた。
そして何やら、耳を向けて、集中して何かを聞こうとしている。
しかし、男には何も聞こえなかった。
(聞くべき指笛なら、つい先ほどもう吹き終わったぞ。とはいっても、聞くべき旋律でもなかったのだが)
何か、男には聞こえない何かの幻聴を、彼らは訊いているのか。
それとも、何かしらの魔法でも使って、誰かと通信でもしているのだろうか。そちらの方がまだ納得できた。
すると、でたらめな何かの指笛を吹いていた者が、こちらに戻って来た。
おそらく、周りの反応からすれば、この者がこの中での最も地位が高い存在だろう。
体からは優雅さを感じないが、雰囲気には高い二位に立つ者の風格が見える。
そのものが、何か理解できない音の節を口にする。
「パンズィメテマミユ。ナパインドゥフノピトゥニャル?」
何かの挨拶なのだろうか。
相手の顔からは敵意が感じられないが、かといって口から発せられる言葉からは何も感じられなかった。しいて言えば、珍妙な発音で、気を取られるというくらいだ。
意味が分からないので、反応しようにもできない。
というか、言葉を離せないのならば、まだいい。
この者たちは、この自分を見ても、何も思わないらしい。せめてそれに対する挨拶として、礼式のひとつでもしてもらえれば、分かりやすいのだが。
「そなたたちが何を言っているのか、わたしにはわからない」
男はそう口にした。
すると、目の前の彼は、少し眉を吊り上げる。
「帝国の言葉は話せるか?」
反応を示した彼に対して、再び問いかける。
「帝国……ハンファクールだ。わかるか?」
何か、彼は思いいたったような顔をする。
しかし、結局のころ、何も話してこない。
男はため息をつく。
「言葉の伝わらない存在に、言葉で伝えようとしたのが悪かったようだ」
男はそう呟いて、振り返った。
その時、五人の白い男たちがざわめいた。
男の視界の先の空には、いくつもの、黒い点のようなものが浮かんでいた。
数えてみれば、それは十ほどもあるだろう。
よくよく注視してみれば、その黒いものは、どれもローブを羽織った人間だという事が分かる。
それらが、こちらへと向かって少しずつ近づいてきていた。
「カエパナニャ!?」
「ピトゥゾトビニャル!」
口々に、彼らが叫び声をあげる。
その意味は分からないが、男は飛ぶ自分たちを見て驚く人々を何度も見てきた。おおかた言っていることの見当はつく。
それに未開の民族たちだ。無理もないだろう。
豆粒ほどの大きさだった人々たちは、あっという間に速度を増し、男の方へと近づいてきていた。
それと同時に、五人たちのざわめき声も大きくなっていく。
そのリーダーの風格を持つ男がほかの四人を手で下がらせるのを尻目に、飛んでくる人々のほうへと顔を向けた。
「遅かったではないか、ルイセーム」
一番最初に着地した男に、そう声をかける。
「殿下がお早いのです」
ルイセームと呼ばれた男はそう答えた。
ローブのフードを外すと、そこから漆黒の髪の毛が現れる。
「ルサーニュ殿下、その者たちは?」
ルイセームは、ルサーニュの後ろにいる五人の男たちの方に目を向けた。
警戒するように自分たちを見ていた彼らが、再びまた別の方向を向いて、何かを聞いているようなしぐさをしている。
(変な習慣のある民族たちだ)
そう思いながら、ルサーニュはルイセームに顔を向けた。
「今さっき出会った、未開の民族たちだ。いろいろと尋ねてみたが、全く言葉が伝わらない」
そういっているうちに、ほかに何人ものローブの人々たちが、男の近くへと着地する。
「そうですか。では、また別をあたりましょうか」
「ああ。ここははずれのようだ。近くのほかの言葉の伝わる集落を探して、目撃情報を探すんだ。ここの近くにいることは確実だ、ロフーユは……」
「ロフーユ?」
五人の男たちの誰かが、それをつぶやいた。
ルサーニュが思わず振り返る。
そして目を見開いた。
五人の男たち全員が、その弓に矢をつがえ、こちらに構えていた。
「ルイセーム、どうやら、はずれと決まった訳ではなかったようだ」
弓を構える男たちは、全員、明らかにこちらへと敵対心を向けていた。
「ロフーユを、知っているようだ」
なぜ、その名前を彼らが知っているのか、そしてそれが攻撃に繋がるのかはわからない。
しかし、男は口端を上げた。
空中に、一本の長い杖が出現する。
その杖には青色を基調とした、細かい装飾が施されていた。
ルサーニュはその杖をつかみ、地面に突き立てる。
ルイセーム、そしてその後ろに続く者たちの手にも、それぞれの杖が現れた。
「何が何でも、聞き出すんだ。わが妹、ロフーユの居場所を」
手にした杖を相手へと向け、彼はつぶやいた。




