第九十八話 水の信念と土の信念
シュウは電気を握り込んでシンユーを捕えていた土塊を打ち抜いた。ゴキャ! ガラガラッ! 砕けた土は砂となり雨に流されていく。解放されたシンユーは信じられないものを見るようにシュウを見た。
「……何でここにいやがる!」
シュウは力なく崩れ落ちるシンユーの身体を支えて言った。
「野暮用の帰りだよ。……ってお前! めっちゃやられてるじゃねぇか! ぷぷぷ!」
「うっせ……! どっか行け。馬鹿!」
シュウはシンユーに肩を貸しソナムから距離をとる。
「お前、あの時シャーロットさんを庇ってくれたじゃん。その借りは返すぜ」
――異人喫茶で龍王の後藤に襲撃された時のことを言っていた。
「ばっか。ありゃ後藤が気に入らなかっただけだ! てか、あのガキはヤバイ。ファイブソウルズの刺客……多分ナンバーズだ。油断すんじゃねぇぞ」
「へへ、そりゃ都合がいいなぁ」
<発電>
バチバチッ――豪雨の中、電気が弾けた。電気信号を操り身体能力を上げる。シンユーは感電しないように少し離れた。シュウは眼光を鋭くしてソナムを睨む。
「奴等には言いたいことが……ある!」
勢いよく地を蹴った。(……速い!)ソナムは一瞬で距離を潰すシュウの動きを止めるために土塊を隆起させるが――ダンッ! それを足場にして一気に肉薄された。視線を下に落とすと、既に右拳を振り抜かんとするシュウの姿があった。
迫り来る<電拳>を前にソナムは過去の記憶がフラッシュバックした。――この技は……あの人の……――だが、すんでのところで詠唱を呟いた。
「慈悲深き大地よ……鋼となりて我を守れ! 土壁!」
刹那、足元から土の壁がそり立ち、電拳を遮断……ドゴッ! と鈍い音が響きシュウが表情を歪めた。「いっ……てぇ!」あまりの硬さに思わず距離を取る。そのままシンユーの位置まで下がった。ソナムは後を追わず呼吸を整える。
「いやぁ、ありゃきっついな。鉄壁過ぎて破れる気がしねぇ」
そう言って振り返ると、雨夜がソジュンの傍らに膝をつき治療を施していた。シュウは声を掛けようとして口を閉ざす。シンユーが憎々しげに見ていたからだ。
「何で水門の姫もいんだよ。胸くそ悪ぃ」
「……」
雨夜はゼリー状の水球を生成し、ソジュンの止血をしていた。その水球に傷の回復を促すマナを込めている。
「おい、ガキ! 余計なことすんな! 俺達は龍尾だ。分かってんのか?」
雨夜はソジュンの傷を癒やしながら、黙って聞いていた。彼女は潔癖症の正義感を持ち、悪を極端に嫌う少女である。
「お偉い水門重工のお姫様はシスター気取りで遊んでるんだってな? 可哀想な異人を守りますってか?」
水門重工は協会と連携し、異人の保護を推進している企業だ。しかし保護の対象に反社組織は含まれていない。シュウはシンユーの感情が理解できる。シュウもスラム育ちで、同じような劣等感が存在するからだ。
しかし、雨夜はファイブソウルズの調査のため、異人街の裏側にアクセスする覚悟を決めている。これは避けて通れない接触であった。
「今だってDMDの取引帰りだ。反社と関わると水門の株価が下がるぜ? ……分かったら俺達と関わるな。世間知らずのガキが!」
シンユーに罵られ、雨夜は重い口を開いた。
「……反社の前に……一人の異人……ですから」
雨夜の中で使命感と感情がせめぎ合っている。今の雨夜は物事を単純に白と黒で分けられなくなっていた。ソナムと戦うシンユーを見てしまったからだ。
(……悪人なのに……あんなに必死になって戦うんですね……仲間のために? ……どうして?)
雨夜は立ち上がると、シンユーから目を逸らした。
(仲間のために……あなたは泣けるんですね。なら……なら……どうして悪いことをするんですか!)
ドリルに貫かれ死を覚悟したシンユーは涙を流していた――その光景は雨夜の記憶に深く刻まれると共に、大きなショックを与えた。
「我々、水門重工は異人を保護し、世界が平和になることを望んでいます。それが水門の使命です」
雨夜はシンユーの目を見て、力強く言い放った。その言葉に反応した者がいた。離れた所で警戒し様子を伺っていたソナムである。
「――世界平和ですか? 水門の姫様」
激しく雨が降る中、ソナムがゆっくりと近付いてくる。シュウとシンユーが臨戦態勢に入った。しかし、雨夜はその問いに答える。
「そうです。水門重工は世界平和を理念に掲げて支援をしてきました。ファイブソウルズ……あなた方のようなテロ組織には理解できないでしょうね」
雨夜は強い敵意を込めてソナムを睨む。福祉施設の爆破事件、異人自由学園の襲撃……どちらもファイブソウルズの関与が明らかであった。ソナムは雨夜の言葉を聞いていた。そして抑揚のない声で無感情に問う。
「その世界平和に……サルティ連邦共和国は入らないのですか?」
雨夜はシュウとシンユーを押しのけて前へ出た。
「当然入っていますよ! 世連加盟国である日本は、アメリカ、ギルハートと協力し支援をしています! 早く戦争が終わるように……! 我々、水門重工は願っているのです!」
「……戦争が終わるように? 終わりませんよ……。まったく」
激昂している雨夜とは裏腹に、ソナムは静かに言葉を返す。それが余計に雨夜を苛立たせた。
「それは……! ファイブソウルズや異人革命戦線のようなテロ組織が、サルティ暫定政府軍と争うからでしょう! どれだけの一般人が死んだと思っているんですか? 恥を知りなさい!」
雨夜は鉄扇にマナを込め、ソナムに向かって振り下ろす。
「……天より降りし雨よ! 奏でよ! <水龍の調べ>」
雨が龍のように蛇行し、ソナムに襲いかかった。
「おい、雨夜! 冷静になれ!」
シュウが叫んだ。技にいつもの切れがない。水龍を彷彿とさせる多量のマナを含んだ激流を前にしてもソナムは冷静であった。一言口にする。
「アースウォール」
ソナムが右手をバンッと地面につけると土の壁がせり上がった。ドーム状に成形された土の壁が雨夜の水撃を弾く。まさに鉄壁であった。
「くつ……! 土剋水ですか。アクア系の弱点はアース系……!」
ソナムは冷ややかな目で狼狽する雨夜を見ている。
「水門重工がアメリカと共同開発したミサイルで――ボクの家族は死んだんだ」
「……え?」
ソナムの言葉に雨夜は息を呑む。雨の音が遠ざかっていくように感じた。
【参照】
異人喫茶のこと→第三十一話 鬼火の後藤




