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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第九十八話 世界の平和

 シュウは電気を込めた拳を勢いよく振り抜き、シンユーを捕らえていた土のドリルを砕いた。異名の由来となっているシュウの得意技<電拳>である。


 ドリルから解放されたシンユーは信じられないものを見るようにシュウを見た。


「……何でおまえ、ここに……いやがる?」


 シュウは力なく崩れ落ちるシンユーの身体を支えて言った。


「野暮用の帰りだよ。……ってお前! めっちゃやられてるじゃねぇか。相変わらず弱ぇなぁ」


「うっせ……! どっか行け。馬鹿! いてて」


 シュウはシンユーに肩を貸しソナムから距離をとる。振り返ってソナムを見るが、向こうは突然増えた援軍を警戒して動かない。


 シュウはシンユーへ語りかけた。


「……お前、あの時シャーロットさんを庇ってくれただろ。その借りは返すよ」


――異人喫茶で龍王の後藤に襲撃された時のことを言っていた。


「……ばっか。ありゃ後藤が気に入らなかっただけだ。……いいから俺達に関わるな。あのガキはヤバイ。ファイブソウルズの刺客。……多分ナンバーズだ」


「ほーう。そりゃ都合がいいぜ。奴等には言いたいことがある」


 倒れているソジュンの横に、ツインテールの少女が屈んでいる。水門重工みなとじゅうこう高原雨夜たかはらあまよである。【八歳竜女ドラゴンメイデン】の異名を持つストレンジャーだ。


「……ちっ。何で水門のガキもいんだよ。胸くそ悪ぃ」


 シンユーは舌打ちをして雨夜を睨む。


「……」


 雨夜はゼリー状の水球を生成し、ソジュンの止血をしていた。その水球に傷の回復を促すマナを込めている。


 シンユーは雨夜に言った。


「おい、ガキ! 余計なことすんな! 俺達は龍尾ドラゴンテイルだ。分かってんのか?」


「……」


 雨夜はソジュンの傷を癒やしながら、黙って聞いている。


 シュウは口を挟まない。潔癖症の正義感を持つ雨夜の性格はよく知っていた。悪を極端に嫌う少女である。


「お偉い水門重工のお姫様はシスター気取りで遊んでるんだってな? 可哀想な異人を守りますってか?」


 水門重工は協会トクノーと連携し、異人の保護を推進している企業だ。しかし保護の対象に反社組織は含まれていない。


 シュウにはシンユーの感情が分からないわけではない。シュウもスラム育ちである。同じような劣等感が自分の中にも存在する。


「……」


 しかし、雨夜はファイブソウルズの調査のため、異人街の裏側にアクセスする覚悟を決めている。これは避けて通れない接触である。


 シンユーは笑いながら言葉を続ける。


「今だってDMDの取引帰りだ。反社と関わると水門の株価が下がるぜ? ……分かったら俺達と関わるな。世間知らずのガキが!」


 シンユーに罵られ、雨夜は重い口を開いた。


「……反社の前に……一人の異人……ですから」


 雨夜の中で使命感と感情がせめぎ合っている。今の雨夜は物事を単純に白と黒で分けられなくなっていた。ソナムと戦うシンユーを見てしまったからだ。


(……悪人なのに……あんなに必死になって戦うんですね。……仲間のために? ……どうして?)


 雨夜は立ち上がると、シンユーから目を逸らした。雨夜の態度にシンユーが怪訝な表情をする。


(仲間のために……あなたは泣けるんですね。なら……なら……どうして悪いことをするんですか!)


 ドリルに貫かれ死を覚悟したシンユーは無自覚に涙を流していたのである。その光景は雨夜の記憶に深く刻まれると共に、大きなショックを与えた。


「我々、水門重工は異人を保護し、世界が平和になることを望んでいます。それが水門の使命です」


 雨夜はシンユーの目を見て、力強く言い放った。


 その言葉に反応した者がいた。離れた所で警戒し様子を伺っていたソナムである。


「――世界平和ですか? 水門の姫様」


 激しく雨が降る中、ソナムがゆっくりと近付いてくる。シュウとシンユーが臨戦態勢に入った。


「シュウ、気を付けろ。こいつ、アースキネシスを使うぞ!」


「てゆーか、お前はそこで倒れている男を担いで病院行けよ。ここは俺と雨夜でいいから」


 雨夜と意識を失っているソジュンは、シュウとシンユーに守られる形となった。しかし、雨夜はソナムの問いに答える。その顔には嫌悪感が浮かんでいた。


「そうです。水門重工は世界平和を理念に掲げて支援をしてきました。ファイブソウルズ……。あなた方のようなテロ組織には理解できないでしょうね」


 雨夜は強い敵意を込めてソナムを睨む。福祉施設の爆破事件、異人自由学園の襲撃……。どちらもファイブソウルズの関与が明らかである。


 青いケープの下から鉄扇を出して戦闘態勢に入る。


 ソナムは雨夜の言葉を静かに聞いていた。そして抑揚のない声で無感情に問う。


「その世界平和に……サルティ連邦共和国は入らないのですか?」


 雨夜はシュウとシンユーを押しのけて、前へ出る。いつもは冷静な雨夜だが、珍しく感情的になっている。


「当然入っていますよ! 世連加盟国である日本は、アメリカ、ギルハートと協力し支援をしています! 早く戦争が終わるように……! 我々、水門重工は願っているのです!」


「……戦争が終わるように? 終わりませんよ……。まったく」


 激昂している雨夜とは裏腹に、ソナムは静かに言葉を返す。それが余計に雨夜を苛立たせた。


「それは……! ファイブソウルズや異人革命戦線のようなテロ組織が、サルティ暫定政府軍と争うからでしょう! どれだけの一般人が死んだと思っているんですか? 恥を知りなさい!」


 雨夜は鉄扇にマナを込め始める。激情に駆られ異能を発動しようとしていた。


「おい、雨夜。奴は……」


 シュウはソナムが対話を求めているように思えた。ずっと謎だったファイブソウルズのルーツが少しでも分かる可能性があった。


 シンユーはソナムの反撃を想定してマナを練り始める。


「おい! シュウ! ぼけっとすんな!」


 雨夜は鉄扇を開きソナムに向かって振り下ろす。


「……天より降りし雨よ! 奏でよ! <水龍の調べ>」


 降り注ぐ雨が龍のように蛇行し、ソナムに襲いかかった。広範囲の<慈悲なき千夜の雨>とは異なり、局所的な攻撃である。


「おい、雨夜! 冷静になれ!」


 シュウは思わず叫んだ。技にいつもの切れがない。明らかに平常の雨夜ではなかった。


 水龍を彷彿とさせる多量のマナを含んだ激流を前にしてもソナムは冷静であった。一言口にする。


「アースシールド」


 ソナムが右手をバンッと地面につけると土の壁がせり上がった。ドーム状に成形された土のシールドが、雨夜の水撃を弾く。


「くつ……! 土剋水どこくすいですか。アクア系の弱点はアース系……!」


 ソナムは冷ややかな目で狼狽する雨夜を見ている。そして静かに言った。


「水門重工がアメリカと共同開発したミサイルで――ボクの家族は死んだんだ」


 ソナムの言葉に、雨夜は息を呑む。


「……え?」


 雨の音が遠ざかっていく……ように感じた。

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