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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第九十六話 鷹眼のソジュン

 ゲリラ豪雨で視界が悪い。夜の闇で更に悪かった。つまり標的を視認できない。こうなると遠距離を得意とする異人には不利な状況である。


 荒川アウトサイダーズのライザは焦っていた。自慢の光玉が空を切る。それどころか撃つことすらできない。ソジュンが見えないからだ。


 状況は市街戦へ突入している。ライザは路地裏から表通りを伺っていた。ソジュンの光矢に貫かれ、腕や足から血を流している。


(ちいっ……! 最っ悪! あの野郎! どこ行きやがった? 何も見えないじゃない!)


 ライザの光玉は連射が強力だが、射程距離はせいぜい八十メートルである。敵を視認できないと技の発動すらままならない。ライザは極度の緊張により急速にマナが減っていた。


 しかし、夜のゲリラ豪雨の中で、敵を視認できないのはお互い様である。この状況は五分五分だと思われたが――。


 ライザが移動しようと足を踏み出した瞬間、上空から光の矢が降ってきた。


「くっ……!」


 カッカッカッ……! と矢が地面に突き刺さる。ライザはバックステップをして何とか回避をした。


(あいつー! 顔に似合わず性格悪いわね! 本っ当にしつこい! ドSじゃないの!)


 そう、同じ状況でありながら、ソジュンの矢だけが一方的に届くのである。矢の風切音でかなりの長距離から撃っていることが分かる。


(真上から降ってくるから、方角が分からないじゃない! どうしろってのよぉ!)


 ライザは路地裏を飛び出し、反対側の小道へ向かって駆け出した。矢が飛んでくる方角を確かめるためだ。


「……はっ!」


 すると、遙か後方から光の矢が飛んでくる。それはまるで流星のようであった。ライザの行く先を塞ぐかのように矢が地面に突き刺さる。


(後ろか! ……ああ、もう! 雨で見えない! 意味なし! 何でアイツはこんなに正確に……!)


 ライザは小道に飛び込んだ。直線的に飛ぶ光玉とは異なり、ソジュンの光矢は弧を描いて飛んでくる。建物の陰に隠れていても、いつかは急所に直撃する。


 ライザの脳裏にある感情が浮かんでは消える。それは恐怖である。


「南米で傭兵やっていた頃を思い出すわ……。ここ日本よね? くそ! ただの叩きだと思ったけど、百万では割に合わないわ!」


 ライザの精神力は限界に達していた。心が折れる……その時が刻々と近付いていた。



 ◆



 ソジュンはライザから四百メートル離れた位置にいた。高所にいるわけではない。表通りに佇んでいる。激しい雨で五十メートル先もよく見えない状況である。遙か遠くにいるライザが見えるわけがない。


 しかし――。


「逃げられませんよ」


 ソジュンはそう呟くと、光矢を十本生成し、空へ向かって射出した。この矢は小道に飛び込もうとしたライザの行く先を確実に塞いでいるのだ。ソジュンは見えないはずのライザの姿を視認していた。


「僕の鷹眼ようがんからはね」


 暗闇の中でソジュンの瞳が金色に輝いている。この<鷹眼>はソジュンの異能の一つであり、異名の所以となっている。上空からの視点――、俯瞰的な視界を得る眼術である。


 眼に込めるマナを増やすと視界が悪くてもターゲットを捕捉できる。この度合いはマナ・コントロールで調整できるのだ。


鷹眼ウル】のソジュンは敵に回したくない凄腕のスナイパーであった。


「さて、そろそろ仕留めますかね」


 ソジュンは右手で白銀に輝く光矢を生成した。しかし、その光矢が禍々しい漆黒の色へと変色していく。それは普通人でも視認できるほど濃い。邪悪なマナであった。


「ダークマナの矢――。あなたにお似合いです」


 ソジュンの鷹眼には路地裏で膝をついたライザの姿が視えている。ソジュンは弓を天に掲げ、矢を放った。ダークパープルに輝いた矢は流星のように弧を描き――ライザの右肩を貫いた。


 耐性が無い者がダークマナを浴びると中毒症状が出る。これはいわゆるマナの毒矢である。ライザは何やら叫ぶと刺さった矢を抜いた。そしてそのまま倒れ、苦しそうにもがいている。


「あなたは……僕を『清純』と言いました。嘘でも少し嬉しかったです」


 ソジュンは静かに言った。勿論、ダークマナを扱う自身への皮肉を込めている。


 鷹眼を解くと、軽く頭痛がした。金色のマナは消えている。豪雨の中、深く溜息をついた。ソジュンはライザとは異なり戦いを好まない。心底疲れたのである。


「よし。シンユーと合流しよう。車のDMDを回収しないと……」


 空を見上げると、漆黒の雲から絶え間なく雨が降っている。表通りにはぼろい街灯が灯っている。行く先を点々と照らしていた。廃墟街らしく静かである。戦闘は終わっているようだった。


「……はぁ。頭が痛いな」


 ソジュンが頭を押さえながら、表通りを歩いていると、背後から声を掛けられた。


「……龍尾ドラゴンテイルのソジュンさん……ですか?」


 その声に振り返ると、ポンチョを着た少年が立っていた。雨が降っているのにフードは被っていない。


 ボサボサの黒髪が目の辺りまで伸びている。表情は分からないが、声に感情は込められていなかった。


「君は……?」


 ソジュンはその少年に不吉な何かを感じた。地面を打ち付ける雨の音が遠ざかっていき、自分の心臓の鼓動が聞こえる。


(……あれ? その服。アルティメット・ディアーナとの取引現場を襲撃した――)


 少年は呟いた。


「……ターゲット確認。排除」


(ファイブソウルズ……)


――グサッ!

――ポタタタ……。


 何かを貫く音と、血が滴り落ちる音が聞こえる。口から鮮血が溢れる。


(あ……。これ、僕の血……?)


 割れた地面から隆起した鋭利な土塊つちくれが、ソジュンの腹部を貫いていた。ソジュンは力なく崩れ落ちる。


 少年が口を開いた。


「ボクはソナム……。ファイブソウルズの三番」


 意識が遠のいていく。急速に体温が失われていく。ソジュンは掠れた声で呟いた。


「君が……ナンバーズか。……シンユー。逃げろ」


 ソジュンは静かに目を閉じた。


 雨は止むことなく、ソジュンの血を洗い流していく――。

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