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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第九十五話 硬拳のシンユー

 愛は病院に入ると、オスカルに向かって歩いてくる。その顔に緊張感はなく、へらへらと笑っていた。


「じゅんじゅんの方も楽しそうだったけど、こっちに来たよー。前金貰ってるしねー」


 オスカルはリアの方を振り返る。リアは愛の出現に驚いていない。先刻、自分の光線が無効化されたはずだが、原因に興味はないようだった。自分が負けるなどこれっぽっちも考えていないのだ。


「なんか増えた……。殺していいのかな」


 リアは今にもあの光線を繰り出しそうだ。時間の猶予はない。


「ねえ、オスカルー。あのコ、殺していいのー?」


 オスカルは愛の実力を目の当たりにしたことはなかった。異能も知らない。ただ愛がターゲットを殺し損ねたことはない。先程、致死レベルの光線を受けたはずだが気負いが全くない。彼女も自分が負けると少しも思っていないようだ。


(こいつら。いかれてやがる)


 強力な異能を持っている異人は大抵人格が破綻しているのだ。巻き込まれたら致命傷になりかねない。オスカルは頭がいい。瞬時に考える。


――まず、リアのマナ量は異常だ。彼女が本気になったら街一つが消し飛ぶだろう。正直関わり合いたくない。


――そして愛がリアの光線をどうやって無効化したのかが分からない。あの膨大なマナをどこに逃がしたのか。これが解明できないと危険だ。


(こいつらに殺し合いをさせてはならない)


 これはオスカルの勘であった。この二人がやり合うと更なる事件が起こる。それはこの街の勢力図を大きく書き換えることになるかもしれない。


 文字通り氷川旧市街、残桜町(ざんおうちょう)が壊滅する可能性も否定できない。それ程の「嫌な予感」がする。リアが化け物なら愛は怪異だ。相性が悪すぎる。


(冗談じゃない。この街には俺の顧客が沢山いるんだ。死んだらビジネスができない! 病気の母さんを助けられなくなる)


 オスカルは愛とリアの顔を見比べた。どちらの少女も自分の反応を待っている。自分の次の行動がこの街の運命を決める。一触即発。本気でそう思った。


(不幸中の幸いだが、どっちの女も頭が悪そうだ)


 オスカルはリアに向かって叫んだ。


「女! 取引がしたい! 金は渡す! だから俺達を見逃せ!」


 リアはきょとんとしている。


「……お金? くれるの?」


「お前等の目的は金であって俺の命ではないはずだ! 荒川アウトサイダーズとファイブソウルズが正義の味方なら己の使命を貫き通せ!」


 リアは真っ黒い瞳で虚空を見詰める。思考が停止しているようだ。そしてオスカルの顔をじっと見る。


「……お金、どこ?」


「地下駐車場の四十五番に置いてある! 取引で嘘は言わない!」


「オスカルー。殺さないのー?」


 愛が口を挟む。


「……黙ってろ」


「でもー」


「後金やるから大人しくしていろ!」


 オスカルが愛をなだめている間にリアの姿は消えていた。気が付くとエミリの姿も見当たらない。


 まるで狐に化かされたような錯覚を覚えるが、右肩が動かない。しっかりと重傷を負っている。正直、出血多量で意識がもうろうとしていた。


「……ニーナは生きているのか?」


 オスカルはニーナが吹き飛ばされた窓の方へ身体を向ける。あの先は駐車場になっているはずである。生きているにせよ、死んでいるにせよ、回収しなくてはいけない。


「あぁ? ……愛?」


 愛の姿も消えていた。後金が貰えるなら用済みなのだろう。そういう間柄だ。


(ソジュンは無事だろうか。まあ、シンユーもいるし大丈夫か)


 オスカルは右肩を押さえ、足を引きずりながら病院の外へ出た。するとポツポツと雨が降り始める。


(これはいい。雨に紛れて逃げ切れる。車は後日取りに来よう)


 オスカルは激痛に耐えながらニーナの姿を探した。



 ◆



 激しい雨が降る中で、シンユーの体力は限界に近付いていた。剛田の豪腕は確実にシンユーにダメージを与えている。


「粘るなぁ! 小僧! 気に入ったぞ!」


 剛田はほぼ全身を硬化しており、シンユーの攻撃は効いていない。この硬さなら銃弾すら防ぐかもしれない。


(このオッサン……! 動きは遅ぇけど前進を止められねぇ! 戦車みてぇだ)


 硬気功は攻撃力と防御力が向上する代償としてスピードが落ちる。関節まで硬くなるからである。剛田は腕の振りは速いものの、動作は鈍い。


(ちきしょう!)


 硬気功では負けられない。そのシンユーのプライドが逆に自分自身を劣勢に追いやっていた。


(こんなに苦戦するのは電拳のシュウ以来だぜ! あいつが厄介なのは……神速の打ち込みだった!)


 シンユーは剛田の圧力に、思わず距離を取った。豪雨の中、息を整える。


(そう言えばさっきソジュンが何か言ってたな)


――シンユー! 冷静になれ! いつもの君なら……! ――


(いつもの俺? ……なんだっけ)


 一瞬、シンユーの集中力が切れた。それを見逃さず剛田が鉄拳を繰り出す。


「ぐっ!」


 硬気功で防御はしたが、左腕に激痛が走る。骨にひびが入った可能性があった。シンユーは思わず膝をつく。巨体の剛田はシンユーを見下ろして言った。


「おいおい。護衛がこのザマじゃ弓の兄ちゃんが泣くぜ」


「……なんだと?」


「ライザの光玉は無尽蔵だ。弓の兄ちゃん、そろそろガス欠だろ」


「ソジュンは、そんなに弱くねぇ」


「ほう? お前よりはマシか?」


 剛田はシンユーを蹴り上げた。五メートル程吹き飛ばされる。疲労とダメージの蓄積で意識が飛びそうになった。剛田がゆっくりと近付いてくる。勝利を確信しているのだろう。


(こんな時……電拳(シュウ)なら……。もっと……スピードを上げる!)


 極限まで追い詰められて、シンユーは吹っ切れた。昼間、リーシャに誓ったばかりだった。


――俺には親はいませんが、龍尾を家族だと思っています。ここが俺の居場所です。……二度と家族を危険にさらすことはありません。――


 ソジュンの命が懸かっている。シンユーはつまらない意地を捨てた。右手以外の硬気功を解く。


(硬気功は気が散る。集中できねぇ。防御力ゼロにして……神経を研ぎ澄ませ!)


 剛田はシンユーの変化に気が付いた。マナの鎧を脱いでいる。


「おいおい、俺の硬気功の前で無防備すぎねぇか? 死ぬぞ?」


 シンユーは軽くステップを踏むと深く息を吐いた。


軽身功(けいしんこう)!」


 そう呟くと、剛田を目がけて駆け出した――正に電光石火である。剛田は一瞬シンユーの姿を見失った。気が付くとシンユーが目の前にいる。


「うお?」


「うあああ!」


 シンユーは叫びながら神速の拳撃を打ち込む。負傷した左手は使わず、硬化した右手一本である。


「小僧ぉ!」


 苦し紛れの一発は空を切る。体勢を立て直す暇もなく、五連撃をカウンターでもらう。次第に剛田に焦りが生まれる。


(は、速ぇ! 右腕一本のくせして! ……五人以上の武闘家を同時に相手しているみてぇだ!)


 軽身功を使うシンユーは、比喩ではなく実際に分身しているように見える。しかもその残像が攻撃してくるものだからたまらない。


(……だが! 攻撃が軽い! 硬気功を解かなければ負けねぇ!)


 剛田は開き直って防御に徹し、手数がゼロになった。それがシンユーの狙いである。


「ふっ……」


 シンユーは右手の硬気功も解いた。そして目にも止まらない速さで剛田の懐をとり、腹部に右掌を添える。シンユーは目を閉じると極限まで精神を集中した。


けいでマナを練る!)


 短く息を吐き、丹田に力を入れ、足の親指で地面を踏みしめる。身中で勁を使い、螺旋状にマナを練り上げる。大地のエネルギーが末端から末端へ駆け巡った。


――足のつま先から仙骨!

――再び丹田!

――背骨で加速!

――肩から腕へ!


 螺旋マナの出口は右掌。それ即ち――。


「くらえ! 発勁はっけい!」


 腹部と右掌の接点に螺旋状のマナが見え、暗闇に青白い閃光が弾けた。剛田の背中から衝撃波が突き抜け、激しく雨を散らす。


「ぐあぁっ!」


 剛田は数メートル吹き飛ばされ、意識を失った。一撃必殺である。


 シンユーの発勁は剛田の身中、つまり硬気功の内側を打ち抜いた。外側ではなく内側に作用する技である。


「はぁ……はぁ……シュウの顔が頭にちらつきやがった……むかつくぜ」


 雨は益々激しくなっている。シンユーは満身創痍だったが、ソジュンの元へ向かったのであった。

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