第九十四話 ファイブソウルズと瀬川愛
――オスカルが決着を付けたその時、激しい操作権の奪い合いで、エミリのマナは尽きかけていたら、片膝をついて肩で息をしている。
「な、何で……なの。スパイダーの女。あなたのMPの方が多い……の? 一万本の虫ピンなのに……」
虫ピンの数は序盤の倍近くになっていた。ニーナは涼しい顔で全ての虫ピンを掌握している。
「あなたのテレキネシスは大雑把です。あなたは一万本のピンを範囲指定で操作していました。私は違います。一本一本を把握しマナを込めています。因みに現在ピンは八千二百七本ですよ。一万本ではありません。大雑把ですね?」
ニーナは栗色のロングヘアを掻き上げて、エミリを見据える。繊細なマナ・コントロールの差。無駄な排マナを放出しない。これが勝敗を分けたのだ。
「……嘘なの。全てを把握しているなんて……。あり得ないの」
「その証拠を今から見せてあげます」
ニーナは両手を前に突き出し、雑巾を絞るような仕草を見せる。すると無数の虫ピンがニーナの頭上に集まり始めた。一本も取りこぼすことなく、全てのピンを、である。
――ギャリギャリギャリ……と金属が擦れ合う音が響く。頭が痛くなる甲高い音だ。
「回転。回転。回転。回転……」
ニーナが呟くとピンの集合体は凄まじい速度で回転し、高熱を放つ。キィィィ……と空気が擦れる音が聞こえ、八千二百七本のピンは一本の槍となった。
「……な」
「誰が誰より上か……理解できましたか? 荒川アウトサイダーズのエミリさん」
ニーナが手を振り下ろすと、火花を散らして槍が射出された。その槍は空気を切り裂きながらエミリの胸を貫く――はずであった。
刹那、上から凄まじい威力のマナの光線が降り注ぎ、槍を直撃した。軌道を逸れた槍は病院の床に突き刺さり、木っ端みじんに砕ける。
「え?」
チャクリを倒したオスカルがニーナの方を見る。そして叫んだ。
「ニーナ! 上だぁ! 避けろぉ!」
「オスカルさん?」
ニーナがオスカルの方へ振り返った瞬間だった。先刻よりも強力なマナの光線がニーナを吹き飛ばした。それはまるで眩い光の柱である。
その光線はニーナを呑み込むと、カーブを描き、大きな窓ガラスを粉砕した。ニーナは光に呑まれ窓の外へ消えていく。
「ニーナ!」
オスカルはニーナを救出しようと窓の方へ足を向けた。そして気が付く。
(……野郎が消えた!)
足下で燃えていたチャクリの姿が無い。オスカルが珍しく動揺する。得体の知れないプレッシャーに寒気がする。
――その時、吹き抜けの天井から少女が飛び降りてきた。フード付きのポンチョを着たポニーテールの少女である。
少女は大階段の踊り場に着地すると、オスカルの姿に気が付いた。
「……ん……標的発見」
少女はそう言うと、無感情な瞳でオスカルを見据える。彼女が秘めるマナ量はオスカルより圧倒的に多い。
能力の使いすぎで意識がもうろうとしているエミリが呟いた。
「リアなの? ゴメンね。エミリはもう……」
そこまで言うとエミリは目を閉じた。死んだのか、生きているのか、遠目では分からない。
オスカルはリアと呼ばれた中学生ほどの少女が内抱するマナ量に戦慄が走った。訓練して得られるマナの総量を遙かに超えている。
「……殺して……いいんだっけ。この人」
リアはそう呟いた。エミリの方を見もしない。じっ……とオスカルを見ている。オスカルはリアの感情を感じさせない真っ黒な瞳に、一瞬だが死を覚悟した。
「……ちっ!」
オスカルはリアに向けてマナ糸を飛ばした。
「ん」
リアが手をかざすと、眩いマナの光線が発射された。その光線はマナ糸を飲み込み、オスカルに向かって迫ってきた。
(これは……受けられねぇ!)
間一髪、回避する。強力なマナの光線は床を削りながらオスカルの背後にあった病院のエントランスを吹き飛ばし、道路の向こうの廃墟群まで破壊した。
リアのサイコキネシスはオスカルの右肩をかすめた。少し擦っただけだが、オスカルの肩は真っ赤に染まっている。肉がえぐれて、もう動かせそうもない。
「……ふ」
オスカルは自虐的に笑った。異人街にこんな化け物がいるなんて聞いていなかったのだ。雷火、火龍、龍王、S級ギフター……。これら並みか、それ以上の化け物が目の前にいる。
「おいガキ。俺を殺す前に名乗れ。悪党なりに礼儀ってのがあるだろ」
リアはきょとんとしている。少し考え答えた。
「……リア。ファイブソウルズの……五番」
「ファイブソウルズ?」
「ファイブソウルズは……悪党じゃない。正義の……味方」
リアはポンチョをはためかせて踊り場に立っている。そして人差し指をオスカルに向けた。指先に強烈な光を放つマナが集約されていく。それは暗い院内で美しく映えていた。先程のマナ光線を放つつもりらしい。
「……やれやれ」
オスカルは右肩を押さえながら立ち尽くす。死ぬと諦めたわけではないが、階上に集まるマナの量は、オスカルの脳裏に絶望を刻み込む。
「……殺す? ……お金? ……どっちだっけ」
幼い顔をした少女はぶつぶつと独り言を言っている。光を灯さない漆黒の瞳が一層に不気味だ。
「殺していいのかな……」
――リアが指先に力を込めようとした瞬間、破壊されたエントランスの方に人影が現れた。
「ん?」
リアは照準をオスカルから外すと、その人影に向かって光線を発射した。相手など見ていない。言うなれば野生の勘。本能的な行動であった。
リアが放った光線は凄まじい速度と貫通力を持ってオスカルのすぐ脇を通り過ぎ、背後の人物に直撃する。……しかし、爆発音は聞こえない。
代わりに場違いの声が響き渡った。
「オスカルー。そのコは殺していいのー?」
聞き覚えのある声にオスカルは振り返った。見慣れた少女がそこに立っている。明るい金髪とピンクのパーカーが暗い院内で目立っていた。
「……愛か?」
声の主はオスカルに雇われた暗殺者、瀬川愛であった。大きくて丸いオッドアイが無邪気にオスカルを見ている。




