第九十三話 煉獄のオスカル
シンユーは怒りに我を忘れている。剛田の鉄拳をかいくぐりながら、硬拳を繰り出していく。だが、相手にダメージが通っているように見えない。
ソジュンがシンユーに向かって叫んだ。
「シンユー! 冷静になれ! いつもの君なら……!」
――すると、ソジュンが言い終わる前に、背後から飛んできた光の玉が腕をかすめた。
「くっ……!」
気が付くとライザの周囲に無数のマナの玉が浮かんでいる。リンゴほどのサイズである。それらが意志を持っているかのように、ゆっくりと浮遊していた。
「あたし、遠距離が得意。こんな風にね」
ライザが指を鳴らすと、光玉がソジュンに向かって飛んできた。ソジュンは街灯の陰に隠れてやり過ごす。外れた光玉は廃墟の窓ガラスを粉砕した。
廃墟街だが街灯は機能しているようだ。ぽつぽつと暗い路地を照らしていく。日が沈み、辺りを暗闇が包み込んでいく。
(今日は昼間から協会や警察の姿が無かった。銃声くらいでは来そうもないですね。まあ、今来られても困るか。こっちも訳ありですから)
ソジュンは街灯の陰からライザの様子を伺う。彼女の周囲に浮かぶ光玉の数は増えている。あれで撃ち抜かれたら生きていられないだろう。
(……無駄撃ちさせてマナ切れを待つか? それとも……)
ライザはソジュンの考えを見抜いたように言う。
「うふ。一発や二発では終わらないわよ。知ってる? 性欲とマナって比例するらしいの。お兄さん、淡白そうだから……あたし不安だわ」
その顔に恍惚とした笑みを浮かべている。完全に戦闘狂である。
ライザはソジュンを目がけてショットガンのように光玉を連射する。ソジュンはマナ壁を生成しながら距離を取った。マナ壁から伝わってくる衝撃から、光玉の威力の強さが分かる。当たれば致命傷だ。
(誰も来ないなら……久々に使いますか)
ソジュンが左手を前に構えると、M字に屈曲した光の弓が発現した。その光弓は周囲の暗闇を白銀に照らす。
ソジュンは【鷹眼】の異名を持つストレンジャーである。マナの弓を生成し、敵を討ち滅ぼす射手だ。込めるマナを増やせば一キロ先の的を射貫く腕前である。
「あら? お兄さん、武器生成型ね」
ライザは一瞬驚いた表情を見せる。ソジュンが右手を弓につがえると、五本の光の矢が生成され――一斉に放たれた。
「うふふ」
ライザは怪しく笑うと光玉を操作し、光の矢を弾いた。夜の廃墟街で光と光がぶつかり合い、閃光が走る。夜空に打ち上げられた花火のような輝きを見せた。
「やるじゃない、お兄さん。何発いけるのかしら? あたしより先に萎えたら嫌よ」
ライザの挑発にソジュンは冷静に言葉を返した。
「あなたとは気が合いそうもないですね。悪党にも品性が必要です!」
「DMD売っているあなたも相当な悪党じゃない? 清純なつもりかしらぁ?」
光矢と光玉がぶつかり弾ける。壮絶な撃ち合いが始まった。互いに場所を移動しながら先読みをして術を放つ。厳しい神経戦の様相を呈している。
どちらのマナが先に尽きるか、どちらの心が先に折れるか――。つまり、勝負を決するのは持久力の差であった。
◆
廃病院ではオスカルとチャクリが向き合っている。
外部からマナを吸収し、それをエネルギーとするチャクリの攻撃は無尽蔵であった。巨躯のチャクリと比べてフィジカル的にも不利なオスカルは追い詰められている。
チャクリの頭上には巨大なマナの球体が発現している。院内の一階ロビーを吹き飛ばす威力がある技だ。
「……闇の世界を愛するデスか? 悪魔の使途ヨ。自分の罪を悔いて死んでくださイ」
チャクリはそう言うと両腕をオスカルに向けて振り切った。紫色に光るマナの球体が放たれる。爆発に巻き込まれたら無事ではいられない。
「……ふん」
オスカルが突き出した右手で印を切ると糸状のマナが指先から生成された。指の軌跡をなぞるように光る糸が宙を舞う。その糸は闇を彷彿とさせる黒色に光っていた。
「なんダ? そのマナは」
チャクリは見たことのない技に反応した。
「俺は手癖が悪いもんでな」
オスカルが紡ぎ出したマナ糸は、蜘蛛の巣のように天井、壁、床に張り巡らされた。技の規模が大きいが、特筆すべきはその出力とスピードであった。一瞬で巨大なネットが生成されたのである。
「そのまま返すぜ。ハゲ」
チャクリが放ったマナの球体は、オスカルのマナ糸に絡め取られる。そしてゴムのような性質のマナのネットは球体をチャクリの方へ跳ね返した。
「……むう!」
チャクリは即座にマナの球体を発現させ、跳ね返ってきた球に向かって放つ。同程度の威力を持ったマナの球体はぶつかり相殺された。院内に爆風が吹き荒れ、窓ガラスが割れる。
大技を出したチャクリは一瞬だが硬直した。オスカルはその隙を見逃さない。
――ザァッと空気を切り裂きながら、天井からマナのネットが降ってきた。チャクリはマナ糸に絡まり、うつ伏せに倒される。糸は粘着質で身動きがとれなかった。
「……くっ! 不覚ダ! ……しかもこのマナは……!」
「お前が忌み嫌う……闇の精霊さ」
オスカルのマナ糸は属性を付与することができる。信仰心の厚いチャクリにとって闇のマナは毒に等しい。
外マナ型のチャクリはマナを吸収する際、他の属性と合成し、変化させ、自身に負担が少ないエネルギーに変換していた。しかしそれは本領発揮には程遠い。先刻言った「力が半減」の所以である。
「や、やめてくレ! この邪悪な糸から解放しロ! 精霊の加護が消えてしまウ! ワタシの負けダ!」
オスカルは冷酷な笑みを浮かべチャクリを見下ろす。
「貴様には聞こえないか? 煉獄の炎に焼かれる死霊の声が……」
オスカルが十字を切ると黒く輝くマナ糸が暗黒の炎を纏った。
「あ、熱い! 闇に焼かれル! 助けてクレ……!」
「【煉獄】のオスカル。この名を貴様の脳裏に刻み込め」
「ぐああ……!」
マナ糸が黒く燃え上がりチャクリの身体を包み込む。オスカルは無表情に黒い炎を見ていた。