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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第八十八話 禁忌の魔女

「お嬢ちゃん。もう一回聞くぞ? この彼に見覚えはないか? 元々は協会のギフターだったはずだ」


 亜梨沙は改めて写真を見る仕草をする。舞台で演じる女優のような所作だ。


「よく見るとそうですね。AAダブルエー級のエアロ系エレメンター。清原くんに似ています」


 しかし、そう答える亜梨沙の瞳に写真は映っていない。あくまでもポーズと言わんばかりだ。


「なんで黙っていた?」


「ふふ。この有様ありさまでは気が付きませんよ。人の形をしていませんもの」


 亜梨沙は可笑しそうに答えると、写真を卓上に戻した。その振る舞いに死者への配慮は感じられない。


「そうかい? あんたの目は全てを見通す魔眼まがんだと聞いているがね」


 鬼沢の追求に亜梨沙は無言の笑顔で返す。そして横に座っている南を気遣った。


「南? そろそろ終わるから待っててね」


 目の前で亜梨沙が弟をあやしている。本人の中でもう話は終わっているのだろう。鬼沢は怒鳴りたい衝動に駆られたが、深呼吸して冷静になった。感情的になり隙を見せてはいけない。何がつけ込まれる要因になるか分からないからだ。


「失礼。黒川副会長。清原さんとは協会を辞めた後も連絡を取っていたかい?」


 鬼沢は態度を和らげて亜梨沙に問いを投げかける。


「そうですね。何かと相談に乗ることはあったでしょう。細かい内容までは思い出せませんし、守秘義務がありますので……おいそれとは言えません。ご理解ください」


 鬼沢と亜梨沙のやり取りを見ていた田中が口を開いた。


「辞めた協会員が反社組織に斡旋されるケースはあるのでしょうか? 清原さんは柊会で何をしていたのでしょう?」


 これが今回の訪問の核心である。本当ならもっと小出しにして相手の出方を見る計画だったが、もう仕方がない。想像以上に黒川亜梨沙は狡猾な相手だったのだ。


「さあどうでしょう。最後は本人の意志ですから。彼の行動を全て把握できるわけがありません」


「協会としても公にはしたくないでしょう。反社との繋がりに世論は敏感です」


 田中が食い下がってくるが、亜梨沙はにっこりと笑った。


「その手の繋がりなら警察の方が長いのではないでしょうか? もちろん、我々協会は潔白です。清原くんは既に辞めていますので無関係ですし。……それに」


「なんです?」


「DMDの薬物汚染、龍尾と龍王の抗争、そしてファイブソウルズ。警察と協会はこの先も協力をしなくてはいけません。私はそう思っています。そうでしょう? 鬼沢警部補、田中巡査部長」


 そう言うと亜梨沙は席を立った。もう話すことはないらしい。笑顔で出口を指し示す。


「またお話を伺うかもしれません。異能研のお力も必要です。それでは……」


 田中は席を立つと亜梨沙に頭を下げた。二十代前半の亜梨沙だが、全く幼さを感じさせなかった。副会長の席に座っているだけはあると感じる。鬼沢も軽く頭を下げると、田中を伴って部屋を出て行った。


「私、カップを洗いますね」


 華恋はそう言うとカップを片付けて給湯室へ下がっていった。亜梨沙は南に抱き付き頬ずりをしている。


「南は気になる? 清原くんのこと」


「……別に。興味ないよ」


「あはは! 南はアイス系だからクールだねぇ。大好き!」


 給湯室の中で華恋は思い出していた。


(清原さん……懐かしいな)


 異能訓練校の初等部にいた頃、華恋は清原に指示を仰いだことがある。属性は違うが、同じエレメンターとして尊敬していた。


(どうして死んじゃったのかな)


 カップを洗いながら考える。すると、亜梨沙の独り言が聞こえた。


「……清原くんがやられたのね」


(副会長?)


 華恋は聞き耳を立てる。


「……彼を殺せるストレンジャーは限られてくる」


 華恋はカップを洗い終えると、そっと部屋を覗いた。


「ふふん。龍王ドラゴンキング。フェイロンが動いたか……よくやったわ」


 そう呟く亜梨沙の横顔は笑っていた。華恋は思わず身震いをする。寒気がする冷たい笑みであった。


「南、寝ちゃったか~。ふふ。あなたは……私の……」


 亜梨沙が何かを言ったが、小声で聞き取れなかった。南は亜梨沙の腕の中でうたた寝をしている。先程の冷たい笑顔とは裏腹に、愛おしそうに南の頭を撫でる亜梨沙の眼差しは温かかった。



 ◆



 鬼沢と田中は氷川駅への道のりを歩いていた。鬼沢が出っ張った腹をさすりながら言う。


「悪いな、田中。段取り通りにはいかんかったわ。カード全部切っちまった。あの嬢ちゃん、曲者だな」


「気にしないでください。鬼沢さん。それにニシカワフーズの事件に協会は関わっていないと思いますよ」


「ほう? その根拠は? 田中くん」


 鬼沢は汗を拭きながら田中に言った。鬼沢の巨体にこの炎天下は辛い。田中は笑いながら答えた。


「あの彼女が現場に証拠を残すとは思えません」


「はは、違ぇねぇ。……で? お前は精神感応系の異人だったな。どうだ? 副会長のマナは」


 田中は少し悩むと答えた。


「彼女の異名は禁忌の魔女(アリアンロッド)。底を見せてくれませんでした。おそらく戦闘系ではなく私と同様に精神感応系だと思います。魔眼の噂もありますしね」


「ふむ」


「それに……、彼女には強力な呪いがかけられています。少なくとも三つ。私、マナを視ると分かるんですよ。呪詛(じゅそ)系は」


「呪いだぁ? おっかねぇな」


 オカルトのような話だが、マナで呪いを受ける実例は過去にもあった。DMDの中毒症状も呪いに分類されるだろう。


「彼女の強さの根源はその呪いにあるように思えます。呪いが強ければその分強力な異能が発現することもあります。それと弟の南くんですが……彼が呪いに関係しているように思えましたね。これは刑事の勘、いや異人の勘です」


「まあ、確かにあの溺愛っぷりは異常だなぁ」


 二人は駅のコンコースに着いた。鬼沢は何気なく振り返って都会にそびえ立つ協会本部を眺める。そして口を開いた。


「そう言えば、あの嬢ちゃんが目立つから忘れていたけど、協会の会長ってどんな奴なんだ?」


 田中はスマートフォンで協会のホームページにアクセスする。そこには組織図が掲載されている。


神喰正宗かんじきまさむね。それが会長の名前です」


「ふーん。単純に考えれば協会で最強ってことだよな? ギフター達の親玉だろう?」


「どうでしょうね、曲者と噂されていますけど。現状では、アルテミシア騎士団長のクートー=インフェリアがS級ギフターであり、協会のトップだと言われています。異名は【王殺し(クロノス)】」


「おっかない異名だな。あの嬢ちゃんよりも強いのか?」


「副会長はAAAトリプルエー級ですね。等級で言えばクートー氏の方が上です。ただ、AAA級以上は単純に実力差ではないらしいですよ」


 田中の返答に鬼沢は溜息をついた。


「協会さんとは短い付き合いではないが、未だに謎が多いなぁ」


 天気予報では午後から雨らしい。少し遠くの空には黒い雨雲が見えていた。

【参照】

高広屋について→第十九話 リンとシャーロット

DMDの薬物汚染→第二十三話 スパイダー

マンゴーパフェ→第二十七話 黒川南とフィオナ=ラクルテル

ファイブソウルズ→第五十二話 ファイブソウルズ

団長について→第五十七話 アルテミシア騎士団長

抗争について→第五十八話 龍の器

異能研について→第七十六話 異能研

清原について→第七十九話 龍王

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