第八十四話 赤目の少女
雨夜は名刺を受け取ると、自分の名刺を出した。
「私は水門重工の高原雨夜と申します。御社にはお世話になっております」
そこで落合が歓喜の声をあげた。
「あー! テレビで観ました! 水門の雨夜ちゃん! 本物だー! かわい……ぅぐ!」
はしゃぐ落合のみぞおちに上川のエルボーがめり込んだ。
「いたらない後輩が失礼を言いました。高原様、今後とも何卒お願い申し上げます」
上川は小学生の雨夜へ丁寧に礼をした。落合も慌ててそれに倣う。上川は顔を上げるとシュウを見た。
「あ、どうも。東銀で便利屋をやっているシュウっす。これ、ショップカード」
シュウは名刺代わりにショップカードを手渡した。上川はカードを受け取ると嬉しそうに言った。
「便利屋金蚊? あ、シュウ様は異人なのですね。今度取材させていただいてもよろしいでしょうか」
「え? 取材? まあ良いけど……大したことは言えないよ」
「いえいえ。その若さで便利屋をやられている。しかも異人街のど真ん中で。これは異人の友社として放っておけません! 特ダネです!」
上川はシュウに詰め寄った。タバコの匂いは気になるが、よく見ると美人である。落合もすぐ横に立ってシュウの腕を掴む。
「こ、今度一緒にランチでもいかがですか!」
目一杯照れている。その真剣な表情にシュウは顔を引きつらせた。
「あ、ああ。いいけど」
シュウは思わず赤面して視線を逸らした。その様子を雨夜が冷ややかな目で見ている。
「な、なんだよ?」
「……いえ。別に。まあ、あなたも男性ですからね」
雨夜は微妙に不機嫌である。案内役の女性職員が苦笑していた。上川と落合は礼をして今シュウ達が歩いてきた通路を戻っていく。
「今日は異人の友社の取材が入っていたのです。お待たせいたしました」
女性職員は静かに扉を開けた。シュウと雨夜が部屋の中に入る。――白色と木目を基調とした清潔感のある部屋だった。大きな窓から心地良い日光が照らされている。
まず目に入るのは大きいモニターと長テーブルである。隅にはソファーが置いてあり、少女が座っていた。その周りの観葉植物が部屋の彩りを演出している。部屋の奥にはデスクがあり、眼鏡を掛けた男性が座っている。
「そちらへどうぞ」
男性がソファーの方を指し示す。雨夜は男性に礼をするとシュウへ言った。
「シュウさん。あのソファーに座っている女性がそうです」
「ああ。俺に会わせたいって人か」
少女はシュウの視線に気が付くと笑顔になる。まず雨夜が口を開いた。
「リッカさん。こちらが電拳のシュウさんです」
リッカと呼ばれた少女はシュウの顔をじっと見詰めている。そして挨拶をした。
「シュウ様……初めまして。私はリッカといいます。お目にかかれて大変嬉しく思います」
耳に心地良い、透き通るような声である。
「ど、どうも」
シュウはリッカをまじまじと見た。肌は雪のように白い。抜け感のある灰色の髪を後ろで結っている。白いワンピースが似合う少女である。しかし、シュウが気になったのは別のことだった。
(……瞳が……赤い)
リッカの瞳は赤かった。唐紅を彷彿とさせる色合いだ。赤い瞳が雪のように白い顔の中で鮮やかに映えている。それが神秘的であり妖艶でもあった。その真っ赤な瞳がシュウを見据えている。シュウは緊張して上手く言葉が出てこない。長い沈黙が続く。
(お、おい? 雨夜。この子、目が赤いんだけど)
シュウは雨夜に耳打ちした。雨夜は溜息をついて答える。
(あなたの瞳だって金色じゃないですか。相当変わっていますよ、それ)
シュウと雨夜のやり取りを見て、リッカは笑った。
「シュウ様を困らせてしまったようですね。申し訳ありません」
リッカの笑顔で場が和んだ。シュウはほっと胸を撫で下ろす。シュウはちらりと背後を見た。デスクに座っていた男性はいつの間にか姿を消していた。シュウは二人の少女に囲まれる状況になっていた。特殊なシチュエーションに耐えられずシュウは視線を自分の膝に落とした。
(い、居心地が悪い。何か喋らないと……。えーと)
シュウがリッカに話し掛けようと視線を上げる。
「え?」
シュウは狼狽えた。リッカの目から大粒の涙がこぼれ落ちていたのである。感極まったかのように泣いていた。
「……シュウ様。お元気そうで……嬉しく思います。その髪……その瞳……昔とお変わりないですね」
リッカは嗚咽を漏らしながら、両手で顔を覆っている。小さい肩をふるわせて静かに泣いていた。シュウは思わず席を立った。
「ちょっと泣かないでくれ! おい、雨夜! お前からも何か言ってくれ!」
「シュウさん。涙している女の子の前で慌てるなんて、男性としてどうでしょうか。しっかりと受け止めてあげてください」
「で、でもさぁ!」
「リッカさんには前世の記憶があるのです」
突拍子もない言葉にシュウは混乱する。雨夜はゆっくりと語り出した。
「遠い昔……本当に遠い昔に何かがあったのですよ。シュウさんは忘れているのです」
普通、人は前世の記憶を持たない。シュウは目の前で泣いている赤目の少女に対して何も言うことができなかった。リッカは涙を拭きながら言葉を絞り出した。
「……ごめんなさい。シュウ様。初対面なのに泣いてしまって」
「えーと。……あれだな。何かごめん。覚えていなくて」
シュウはそう言うと向かいに座るリッカの頭を撫でた。リンはこうすると泣き止むからだ。他意はなかった。
「あ……はい」
リッカは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑った。雨夜が肘でシュウの脇腹を突っつく。不機嫌そうな表情だ。
「なんだよ、雨夜」
「……別に。今日、シュウさんを呼んだのはリッカさんと引き合わせるためです」
雨夜は背筋を正すと話し始めた。
【参照】
高原雨夜→第五十五話 高原雨夜