第八十二話 ナンバーズ
その日、シンユーは川成市に来ていた。龍尾頭領、【火龍】のリーシャに呼ばれていたからである。
そこでシンユーはアルティメット・ディアーナとの取引中に油断をしてチームを危険にさらしたことを注意されたが、特にお咎めは無かった。半分は死を覚悟していたので、心中では胸を撫で下ろしていた。
シンユーは青空を見上げた。今日も強力な日光が降り注いでいる。
「今日も暑いな……。本当に夜は雨か?」
天気予報は夜間に雨が降ると告げている。デッキの上から下を覗くと、雨対策の準備をしている住人の姿が見える。
「さて、午後には東銀に戻らなねぇとな。ソジュンの護衛だ。あいつはひょろいから頼りねぇし……」
シンユーは電車に乗り込んだ。川成駅から氷川駅まで三十分ほどである。昼時の車内は空いていた。電車のドアにはカリスのポスターが貼ってある。
「ソジュンがカリスのファンだったな。俺はアニメとか観ねぇからわかんねぇけど。そう言えばリンも好きだったか」
シンユーとリンは言うなれば幼馴染みである。シンユーは月の家、シュウとリンは星の家で育った。同じグループの施設だったので、互いに交流があったのだ。
「月の家と異人自由学園のカレーパーティーっていつだっけ? あれ? もう終わったかな……。まあいいや。シュウの馬鹿が張り切ってそうだしな」
気が付くと氷川駅に着いていた。氷川東銀座と氷川SCの最寄り駅は凄まじい人口密度である。オフィスワーカーや観光客が多くて中々前へ進まない。駅ナカのカフェに入ると、中でソジュンが待っていた。
「やあ、シンユー。待っていたよ。何か食べるかい?」
ソジュンはさらりとした黒髪が似合うイケメンだ。カウンター席の一番奥に座っていた。シンユーはその隣に並んで座る。
「ああ。頭領と話してから真っ直ぐ来たから何も食べてねーわ」
「へー、僕は頭領と会ったことがないんだよ。どんな人なの?」
「え? マジか! 大企業の社員が社長の顔と名前を知らないのと同じ現象か」
「まあ、そうかな?」
ソジュンがコーヒーを飲みながら答える。
「お前さ。頭領の異名くらいは知ってんだろ?」
「そりゃ知っているさ。【火龍】でしょう? パイロ系なんだろうね。……あ、今日は雨か」
ソジュンはそこまで興味が無いらしい。どこか他人事だ。店内モニターの天気予報を見ながらツナサンドを食べている。
「性別は知ってんのか?」
「龍王フェイロンの弟君だよね? ハオランさんみたいな屈強な男を想像してるんだけどね。龍尾のトップとなるとそれくらいでないと厳しいだろうし」
「……そ、そこまで怖い顔はしてねーかもしれねぇよ? 意外と華奢かも……」
シンユーは数時間前の光景を思い出していた。女子中学生のような頭領リーシャの姿を……。
「ん? そうなんだ。ああ、無理に言わなくていいよ。頭領の顔を知る者が少ない。これには何か意味があるかもしれないからね」
逆に気を遣われてしまった。
「あ、ああ。悪ぃな」
ソジュンの反応を見て、シンユーには何となく理由が分かった。リーシャの姿を見て龍尾の威信が揺らぐ可能性は十分あった。リーシャから吹聴するなと口止めされているわけではない。しかし、幹部陣はそれを懸念して口を閉ざしているのかもしれない。
ソジュンはホットドッグを食べているシンユーに話し掛けた。
「そう言えばこの間の襲撃。子供の自爆事件。調べてみたんだけど、どうやらファイブソウルズっていうテロ組織みたいだよ。戦災孤児のチームらしい」
「ファイブソウルズ? 知らねーな」
「あはは。だろうね」
「何だ? だろうねって。俺がアホだって言いたいのか。お前ちょっと頭が良いからって……」
ソジュンはシンユーの反論を制止して話を続ける。
「龍尾とアルティメット・ディアーナ……どっちが彼等のターゲットか分からないけどね。この間は水門重工の児童養護施設が狙われたらしい。荷物が爆発したって」
「おい、待てよ。ソジュン。ファイブソウルズってガキなんだろ? 何でガキが子供を狙うんだよ」
「理由は分からない。自爆実行役が子供であり、裏で指示を出しているのは別の者かもしれないね。とにかく、龍王との抗争が懸念される状況で、厄介事が一つ増えたってことさ」
「でもガキだろ。自爆に気を付ければ大したことねーぜ」
「ファイブソウルズには『番号持ち』という奴等がいるらしい。S級ギフター並みに手強いらしいよ。ファイブっていうくらいだから最低五人はいるんじゃないかな。化け物クラスの異人が……」
協会に所属するギフターは強い。A級でも厄介だが、それがS級以上となると勝てない可能性も出てくる。シンユーはホットドッグを口に放り込み、アイスティーで流し込んだ。
「……で? お前、相当詳しいじゃんか。どこ情報だよ、そりゃ」
ソジュンは意味深に笑う。
「売人やっていると色んな奴と知り合うのさ。蛇の道は蛇ってことかな」
食事を終えると二人は駅を出て東銀へ向かった。スパイダーとの約束は夕方だ。ソジュンは少し考えた後、おもむろに話し始めた。
「……シンユーさ。実は僕……結婚したい女性がいるんだ」
シンユーはそう語るソジュンの横顔を見る。その顔は真剣だ。
「そうか。表社会の女か?」
ソジュンは困ったように笑う。
「いや、分からない。変わった子でね。……でも好きなんだ。命を懸けても守ってあげたい」
「……そうか」
東銀の活気が、歩いている二人を包み込む。少しばかり沈黙が続いた。
「龍尾を……抜けたいのか? ソジュン」
シンユーはソジュンを見詰めて語りかけた。
「先月、シンユーと龍王の後藤が異人喫茶でやり合ったことがあっただろう? 異人喫茶爆破事件さ。その時、ケンが撃たれて死んだ……」
ソジュンの答えは肯定でも否定でもなかった。シンユーはソジュンから目を逸らした。あの時、シンユーは電拳のシュウが龍王に絡まれているのを見てフォローに入ったのだ。シュウが女性を庇っており不利に見えたからである。
「……ああ。ケンは死んだな。犯人は分からねぇ。あの時は龍王だと思ったが……。どうやら後ろから撃たれたっぽいんだよな」
「ケンは僕の同期なんだよ。僕だっていつ死ぬか分からない。ちょっと怖いんだ」
「そうか」
シンユーは思い切りソジュンの背中を叩いた。弱気なソジュンへのカツである。
「いてっ! 何するんだ? シンユー」
「やめようぜ、ソジュン! 仕事前にこんな話は!」
シンユーは笑いながら言った。
「そういうこと言う奴は絶対死ぬからな! フラグが立っちまう! だから続きは仕事が終わってから聞く」
ソジュンは苦笑しながら答えた。
「あはは。そうだね。僕はまだ死にたくないな。何かあったら守ってくれよ? シンユー」
「ああ! 任せとけ!」
シンユーとソジュンは拳と拳を合わせた。そして駐車場に止めていた車に乗り込み、旧市街へ向かったのである。
【参照】
スパイダーについて→第二十三話 スパイダー
異人喫茶の事件→第三十話 鬼火の後藤
結婚したいソジュン→第三十七話 売人の夢
ハオランについて→第五十一話 アルティメット・ディアーナ
ファイブソウルズ→第五十二話 ファイブソウルズ
カレーパーティーについて→第五十三話 異人自由学園
福祉施設爆発事件→第五十五話 高原雨夜
火龍について→第五十八話 龍の器