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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第八十話 オスカルとニーナ

 老朽化した集合住宅や廃工場が建ち並ぶスラム街。用水路近くのアパートの一室に麻薬密売組織[スパイダー]の拠点がある。スパイダーは小規模だが、DMD業界では中堅にあたる。ドラッグの量より質を重視した組織だ。リーダーのオスカルはドラッグの受注作業に勤しんでいた。


 オスカルはダークマナに耐性のある稀有な異人である。ダークマナ教からDMPを仕入れ、それをDMDに加工して利益を得ていた。


「次は龍尾(ドラゴンテイル)のソジュンか」


 オスカルはスマホの画面を見ながら呟いた。スパイダーと龍尾の関係は良好だ。龍尾のドラッグ担当のソジュンという男は信用できる。少なくともオスカルは好意的に捉えていた。


 部屋の隅には瀬川愛があぐらをかいて座っている。淡い金髪で肌がアルビノのように白い。青と緑の瞳でオスカルを見ていた。


「オスカルー、じゅんじゅんと会うんだー?」


「じゅんじゅん? ソジュンのことか? ……知り合いか?」


 オスカルは驚いた。愛は他人に興味を示さない。友人どころか知り合いすら存在しないと思っていたのだ。


「うんー、ちょっとねー」


 愛は笑顔で答える。その笑顔は親しみを込めているわけではない。彼女は常に笑顔の仮面を被っている。オスカルは思わず愛に聞いた。ある疑念が浮かんだからだ。


「……ソジュンが暗殺のターゲットか?」


 愛は大きくて丸い目をぱちくりさせた。口元には笑みを浮かべている。


「別にー」


「お前が男に近付く時って暗殺が目的だろ? ……あいつは良い男なんだがな」


「知ってるー、じゅんじゅんは良い人―」


 愛とは話がかみ合わない。これはいつものことだ。オスカルは溜息をついた。


「取引にソジュンが出てくるなら、俺が対応しようと思う。護衛を頼まれてくれるか? 怪しい奴が近付いてきたら殺していい」


「うーん、どうしようかなー」


 愛は口元に人差し指をあてて考える仕草をしている。


「龍王と龍尾の関係が急速に悪化しているからな。何かが起こる可能性がある。それとも知り合いだと会いづらいか?」


「んー、何かあったらフォローできる位置で待機してるねー」


 愛は凄腕の殺し屋である。狙撃はもちろんのこと、銃器、刃物、ワイヤー、毒物、そして異能……何でも使う。


「それでいい。……ソジュンを撃つなよ? 龍尾と戦争になっちまうからな」


 オスカルは半分冗談だが、半分本気で愛に警告をする。愛が何の目的でソジュンに近付いているかは不明だが、念のために釘を刺しておく。


「オスカルしつこいー。ダイジョブダイジョブー」


 愛は緩んだ笑顔を見せる。この笑顔で人を殺すのである。愛は他人に興味がない。だから暗殺で躊躇することはないのだ。女子高生のような外見だが、中身は異形と言っていい。


「まあ……今はその言葉を信じてやる。もしもの時は俺がお前を殺すからな」


 半分冗談で半分本気であった。愛は友人ではない。仕事で繋がっているに過ぎない。目的を違えば簡単に敵になり得る間柄だ。



 ◆



 ドラッグの受け渡しを対面ですることは少ない。大抵は金を受け取った後、ドラッグを非常階段の下、自販機の下、道路の植え込み等に置いておく。顧客はそれを自分で回収するのだ。


 または公園の公衆トイレだ。顧客がトイレの個室に入っていて売人が外からノックをする。顧客はトイレのドアの下から金を渡し、売人はそれとドラッグを交換する。とにかく現行犯逮捕を恐れる売人は極力顧客と会うことはない。


 スパイダーのニーナはDМDの売人である。東欧系の栗毛の女で、これまで一度も捕まったことはない。オスカルからの信頼も厚かった。


「対面で取引ですか」


 正午を少し回った頃、ニーナはコンビニのイートインコーナーでコーヒーを飲んでいた。オスカルから届いたメールを読んで顔を曇らせている。


(相手は……龍尾のソジュンさんですか。なるほど、確かにブイ・アイ・ピーですね)


 リーダーのオスカルはDMDの売人だが、顧客ファーストであることは知っている。


――誠実に取引をしなければ客が離れていく。目先の利益より信頼と継続だ。――


 これがオスカルの経営理念である。しかし、物事をドライに捉えるニーナには理解できない考え方だ。


(客に気遣って自分が破滅したらどうするのですか)


 ニーナの懸念は正しい。売人がセキュリティ対策をしていても、顧客がヘマをして芋づる式に逮捕されるケースは非常に多いのだ。


 それに協会(トクノー)には優秀なサイコメトリストが在籍している。マナの残留思念を読み取られたら陳腐な対策など無意味となる。用心に越したことはない。


(場所は……氷川旧市街の地下駐車場ですか)


 旧市街は治安が悪いので、普通人が少ない。取引には最適だが、異人組織の縄張り争いが頻繁に起こる。


 特に最近は龍王ドラゴンキング龍尾ドラゴンテイルの小競り合いが活発になっているのだ。この時期に龍尾と接触するリスクをオスカルが考えていないはずがない。


 ニーナは腕に覚えがあるストレンジャーだが、龍王フェイロンの恐ろしさをよく知っていた。アレは人の皮を被った龍である。対峙したら五秒で殺される自信があった。とにかく龍王を敵に回したくはない。


(オスカルさん。……この時期だからこそ……ですか? あなたは一流のビジネスマンですね)


 戦争が起こると麻薬が売れる。これは歴史が証明している事実だ。


 龍尾としても資金調達のためにDMDを欲している。高値で売れることはもちろんだが、DMDを摂取すると異能が瞬間的に強力になると言われているのだ。


 抗争を逆手に取り麻薬で利益を上げる。オスカルのやり方は死の商人と何ら変わりはなかった。


 しかし、オスカルは商売に貪欲なだけだ。売れるから売る。子供の頃からドラッグの世界を見てきたオスカルに罪悪感などはない。病に伏している母のために稼ぐだけである。


「今だからこそ……身体を張って龍尾の信頼を得る。目先の利益ではなくもっと先を見ている――か」


 ニーナにもスパイダーがもっと発展して欲しいという思いはある。彼女も設立メンバーの一人だ。


(……分かりました。いざという時は私があなたを守りましょう)


 ニーナはコンビニを出ると車を走らせた。

【参照】

オスカルについて→第二十三話 スパイダー

ソジュンについて→第三十六話 DMDの売人

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