第七十八話 カラーズ
深夜、西川成を縦断している県道を一台の冷凍車が走行していた。二トンのトラックで、荷台には鮮送運輸と書かれている。運転席には三名が乗車していた。
運転席に金髪の男、真ん中にショートカットの女、助手席に中年の男が座っている。
「やれやれ、青髪のロウが失敗するとは。あいつがカラーズの拠点を東銀に造る計画だったんすけどね……」
金髪の垂れ目の男が溜息交じりにぼやいた。男の名前をピョートルという。多国籍異人組織[カラーズ]のメンバーである。数ヶ月前、協会に捕らえられた青髪のロウの友人でもあった。
「メイやディアン、ミラは行方不明だってさ。ソフィアは元気そうだし。誘拐失敗して死んだっぽくね? マァジ使えねぇわぁ」
真ん中の席で悪態をついている女の名はエルケという。赤毛のボブヘアだ。育ちは悪そうである。
「どうやら水門のことで龍尾と揉めたらしいですよ。まあ、カラーズの東銀進出は保留にして、今は川成と西川成の境界付近で地固めしましょう。西川成は龍王の拠点があるので警戒してください」
落ち着いた口調で話すのは三人の中では最年長の吉田である。年齢は五十代に近い。カラーズのメンバーを含め、密航者の仕事先や居住地を世話している。いわゆるブローカーだ。
ピョートルが運転しているのは冷凍車だが、中に積まれているのは食品ではない。人間である。死体ではなく生きた人間だ。ピョートルが二人に言った。
「これまで通りDMDの密売は続けますが、密航ビジネスも並行しましょう。やはり龍尾とのパイプは欲しいすから」
密航一人につき一万ドルの報酬が入る。百人なら百万ドルとなる。日本円で一億を越えるビジネスだ。摘発されても殺人ほどの重刑ではないため、旨味があるのだ。
日本でカラーズのメンバーは着実に増えており、密かに勢力を拡大していた。在籍している人種、性別、異能の種類は様々だ。来る者は拒まず精神で結成されている。広く浅くのチームで、関東だけではなく北海道や九州にも拠点があった。エルケはタバコを吸いながら言う。
「日本の異人組織はレベル高いっつーからさぁ、アタシら戦力増強しねぇーとやばくね? 協会のギフターとかパナいっしょ」
トラックが横道に逸れて十分ほど走ると、寂れた住宅地にさしかかった。更に進むと、大きい食品工場が見えてくる。表札にはニシカワフーズと書いてあった。地元に根ざした暴力団柊会のフロント企業である。
広い敷地内には三階建ての工場が建っている。工場には地下があり、三千平方メートルほどの作業スペースが存在する。この地下空間が闇の案件に都合よく使われた。
トラックが裏の搬入口で停車すると、スーツを着たビジネスマン風の男性が笑顔で出迎える。柊会の構成員だ。
「どうもどうも、お世話になります。ニシカワフーズ……柊会の竹本です」
竹本と名乗る男は運転席のピョートルへ礼をした。ピョートル、エルケ、吉田はトラックから降りると、それぞれが挨拶をする。
ピョートルはスマートフォンを見ながら「荷物」の内訳を言った。
「今回はストレンジャー五名、売春婦五名、強盗から殺人まで可能な男が五名、子供が二名。当然ですが、ストレンジャーは割高すよ」
竹本は満足げに頷いた。カラーズに報酬を支払った後は、十七名の密航者をそれぞれの組織に斡旋していくのだ。
エルケがトラックの荷台を開けようとした時、急に声を掛けられた。
「ご多忙のところ恐縮ですが、カラーズと柊会の方々でしょうか?」
声を掛けてきたのは二人の男である。一人は清潔感のある黒髪でスーツを着ている。表情はにこにこと笑顔で、一見すると無害そうな男である。
スーツの男の隣には、ぼさぼさの金髪で柄が悪い男が立っている。茶色い革ジャンを着ており、いかにも護衛のような風貌だ。
エルケは不機嫌そうに答えた。
「ああ? なんだお前等。カラーズがどうしたって? カンケーねーだろ。てか、お前。不法侵入じゃね? ここ敷地内じゃん」
竹本は苛立っているエルケを片手で制すると、二人組の男に向き合った。
「ええ、柊会の竹本です。失礼ですが、あなた方は?」
「これはご丁寧にどうも。私は龍王の遠藤と申します。こちらは新垣くん。あ、警戒なさらないでください。我々は異人といっても『もどき』ですから。あはは」
遠藤と名乗る男は誠実そうな男であった。隣の新垣はふてぶてしい態度で、その場にいる面々を値踏みしている。竹本は龍王の組織名に警戒心をあらわにした。
「……龍王? 柊会は龍王との取引は無いはずですが?」
「雑魚だな」
新垣がぼそりと呟いた。その目は竹本を捉えている。
「はぁ? なんだ、お前。死にてーのか、こら。おい!」
新垣の挑発に竹本が紳士の仮面を脱ぎ捨て、本性を現わす。竹本が手を挙げると、搬入口からずらずらと柊会の構成員が姿を現わした。その数は十人以上。皆、手には銃や刃物を持っている。中には異人も混ざっていそうだ。
「新垣くん、やめてください。竹本さん、失礼しました」
沢山の構成員を前に遠藤は慌てる様子を見せ、深々と礼をした。竹本は笑いを堪えながら遠藤に問う。
「……で、遠藤さんだっけ? 要件は?」
遠藤は顔を上げると笑顔で答えた。
「その積み荷。龍王が押収してよろしいでしょうか? 抵抗なさらないのであれば、命の保証はいたします」
一瞬、場が沈黙した。想定外の要求である。竹本とピョートルは顔を見合わせた。エルケはぶち切れ寸前である。
次の瞬間、柊会構成員の爆笑が湧き起こる。竹本は遠藤に銃の照準を合わせた。
「遠藤さん。この辺りは過疎化が進んでいてね。チャカぶちかましたくらいでは警察は来ないんだよ」
「それでは拒否をされるということですか?」
遠藤が遠慮がちにそう言った次の瞬間、竹本は銃を撃った。
カァン! と甲高い音が響き渡る。
「馬鹿が。……ん?」
遠藤に弾が当たったと思われたが、隣の新垣が隠し持っていた金属バットで銃撃を防いでいた。バットに穴が空いている。
「……ったく。雑魚ほどいきなりぶっ放すんだよな。早死にするぜ、あんた」
新垣は遠藤の前に立つと竹本を睨んだ。
【参照】
青髪のロウの失敗→第五話 電拳のシュウ
メイ、ディアン、ミラ→第七話 事件の真相
遠藤と新垣→第六十七話 遠藤と新垣