第七十七話 ソフィアのスマートフォン
「コーヒーどうぞ」
異能研の助手が四人にコーヒーとお茶菓子を運んできた。小休止を挟み、会議を続ける。亜梨沙が口を開いた。
「雷神、DMD、龍尾と龍王の抗争、ファイブソウルズ……。協会の課題は山積みね。そこで優秀な異人をスカウトする必要が出てきた。今協会が注目しているのが、ソフィア=エリソンよ」
亜梨沙はモニターにフィルとソフィアのSNSのページを表示した。
「冒頭に挙げたカラーズの事件の裏側でフィル氏の一人娘ソフィアが誘拐されていたの。その時、ソフィアのサイコキネシスが暴発してカラーズのメンバーを殺した可能性が示唆されていたのだけど……可能性ではなく真実だったようね」
亜梨沙がそこまで話すと、その隣で杏が破損したスマートフォンを卓上に出した。
「南くんが現場から回収してきたソフィアのスマートフォンです。スマホデータの修復は不可能だったけど、サイコメトリーで当時の状況が分かりました」
杏は一枚のディスクをパソコンへセットした。彼女はAA級のサイコメトリストである。死者のマナを読み取り、それを媒体に念写することができる。
「マナに残存していた映像は破損していたけど、音声だけは拾えました」
杏がパソコンをタップすると音声が流れた。当時の緊迫した様子が伝わってくる。荒々しい女の声が聞こえた。
『……ほら! 命乞いしてみなよ! お嬢様! パパ助けてってさ!』
『耳くらい切り落としてもいいよね。その動画をパパに送りつけてあげるわ』
――そして、パソコンのモニターから、耳をつんざくような不協和音が聞こえる。
『ちょっと、何よ! え、地震?』
『何だよ! 何か言っ……』
女の焦る声、何かが振動する音、窓が割れる音、人間の足音が響いている。
『に、逃げ……』
『フィルヲ苛メルナッ!』
――何かが破裂する音が響き、ここで音声は切れた。
「……」
会議室は沈黙に包まれる。異能による虐殺の生々しい音声であった。その沈黙を破ったのは亜梨沙だった。
「この後ね? 南が部屋に入ったのは。でもソフィア=エリソンの保護はしなかったのよね」
「……すぐに電拳のシュウが助けに来たから。青髪のロウの件もあったし連れて行けなかった。警察に引き渡しても協会の責任問題を問われるだろうし」
南は淡々と話を続ける。
「電拳のシュウに任せて無事に親元へ帰れるなら、それが一番効率良いと思った……。間違っていないよね。姉さん」
普段、南は頼りないが、現場ではスイッチが切り替わり、頭が冴えているのだ。その場その場の判断は的確である。南の返答に、亜梨沙は笑顔で答えた。
「うんうん、南はよく分かっているわ!」
弟をあやそうとする亜梨沙をやんわり制止して、杏が口を挟んだ。
「ソフィア誘拐事件、カラーズのロウとの戦闘、カリス関連の事件……。この全てに電拳のシュウが関わっている。トラブルに愛されているんですかね、彼は」
亜梨沙がコーヒーを飲んで言った。
「最近思い出したんだけどね、このシュウって子。三年前の氷川四中抗争の覇者なのよ。南中学のシュウって名の知れた不良だったわ。抗争の終盤は反社組織も出てきてかなり炎上したのよね。あの時の子が頭角を現したってとこかしら」
亜梨沙は便利屋金蚊のプロフィールページをモニターに表示させている。そこには無理に笑顔を作ってピースをしているシュウと無表情で人形みたいなリンが掲載されていた。
正直、クオリティーが低いホームページであった。南が卓上に置いてある砂糖に手を伸ばしながら口を開いた。
「ところで、姉さん。ソフィア=エリソンを訓練校に呼ぶの?」
「大人三人を殺せる才能を眠らせておくのは勿体ないわ。訓練校の初等部に入ってもらいたい。これ程の異能……、おそらく日常生活に影響が出ているはずよ。声を掛ければフィル氏は快諾すると思うわ」
亜梨沙が嬉しそうに答えた。彼女は常に協会の未来を考えている。協会の繁栄のためなら何かを犠牲にすることをいとわないクールな一面を持っていた。
「それに、シャーロット=シンクレアのようになる前に、保護をしたい意図もあるわ。強力な異能を秘める異人はそれだけで他の異人から狙われる理由になり得るの」
亜梨沙はそう付け加えた。
「……ソフィア=エリソンか」
南はソフィアが殺人を犯した後、何事もなかったかのように父親と旅行を継続していたことを知っている。その時から、彼女は協会に来ることになると思っていた。
通常なら異能の暴発で人を殺してしまった場合、罪悪感から精神を病んだりするものだが、SNSを見る限り、ソフィアに罪悪感は無さそうであった。それは子供の強さであると同時に怖さでもあった。
(全てを忘れて日常生活を送る選択と協会でギフターになる選択……。ソフィアにとってはどっちが幸せなんだろう)
南には分からなかった。南は強力な異能を秘めている彼女に、自分の境遇を重ねていた。ただ、南は血だまりの中で意識を失っているソフィアを見て思ったのだ。
――この少女を警察に、そして「協会」にも渡してはならない。……と。
(……まあ、別にどうでもいいけどね。結局来るならそれで)
分からないことは考えない。それが南のスタイルである。南は甘くしたコーヒーを飲んで溜息をつく。そろそろ会議に飽きてきていた。お茶菓子に手を伸ばす。横でフィオナがそんな南を眺めていた。
「姉さん。そんなに電拳のシュウが気になるなら訓練校に呼んだら?」
南が想定外の提案をする。
「え?」
「ソフィア=エリソンと同じだよ。協会の戦力にしつつ首輪を付けられる。一石二鳥だと思うけどね」
南が眠そうな顔で言う。南が他者に関心を示し、このように提言することは滅多にない。この数ヶ月、いや電拳のシュウと関わってから、南に変化が訪れていた。
亜梨沙と杏は顔を見合わせた。杏にとっても南は弟のような存在だ。彼女にとっても意外だったらしい。会議はその後、十分ほど続いて解散となったのであった。