第七十六話 異能研
協会の敷地内には、異能研究所、通称「異能研」が存在する。
異人や異能、マナの研究に始まり、科学捜査では成果が出なかった案件をサイコメトリーや透視等の異能で請け負うこともある。公表されていないが、警察との繋がりも強い。
異能により明らかになった事象は証拠能力に乏しいが、それを皮切りにして解決される事件はかなり多い。今や異能と犯罪捜査は切り離せない関係になっている。それは国家の治安維持に繋がるので異能研の重要度は非常に高い。
ある日の放課後、黒川南とフィオナ=ラクルテルは異能研に呼ばれていた。数ヶ月前に起こったソフィア誘拐事件の説明をするためである。フィオナが異能研会議室の扉をノックすると、中から返事があった。
「どうぞ」
中に入ると、研究員の鳥居杏と副会長の黒川亜梨沙がいた。鳥居杏は荒川第一難民キャンプに駐在している鳥居茜の双子の妹である。
顔は茜と全く同じだが、姉とは違い髪は明るいブラウンに染めていて活発的な印象だ。黒川亜梨沙は南の姉である。黒髪のミディアムボブ。ぱりっとしたスーツを着て仕事ができそうな雰囲気を醸し出している。亜梨沙は満面の笑みで南に抱き付いた。頭を撫でながら頬ずりしている。
「南―! こうやって会うのは久しぶりね! 今日も可愛い!」
いつも無表情の南だが、姉の抱擁中はそれに加えて人形のように動かなくなる。基本的に南は姉に服従しており、滅多なことでは逆らわない。ただ、嵐が過ぎ去るのを耐えていた。後ろで杏が苦笑している。
「相変わらずですね、副会長……。ラクルテルさんも来てくれてありがとねー」
杏は笑顔で手を振った。フィオナは軽く会釈をして返す。四人は長テーブルに向かい合って座った。亜梨沙が先に話し出す。
「さて、ちょっと前の事件の話になるわね。南とフィオナには密入国して龍尾と接触を企てたカラーズの摘発に動いてもらったわ」
亜梨沙はタブレットに目を落としながら概要を説明する。そのタブレットの画面は壁に掛かっている大きなモニターとリンクしていた。
「メンバーのリーダーは青髪のロウ。アクア系の能力を持っていた。しかし、電拳のシュウとの戦闘に敗れ、フィオナに拘束された。一連の事件の供述を引き出し強制送還され、彼は既に日本にはいないわ」
モニターにはロウの画像が映っている。現在は中国にいるらしい。亜梨沙はフィオナに確認を取った。
「フィオナ。あなたは芝川の河川敷でロウと電拳のシュウの戦闘を目撃したのよね。彼がエレキ系のエレメンターだったのは確かなの?」
「ええ。序盤はロウの遠距離攻撃に苦戦していたけど……。接近してからはあっという間だった。……電気の拳でロウを圧倒したの」
エレメンターは元素を操る異人の総称である。火はパイロ系、水はアクア系、風はエアロ系、土はアース系、そして電気はエレキ系と言われている。
特にエレキ系の異人は希少で滅多に存在しない。異人街でその能力を使うのは【雷火】のみである。……とされていたのだが、そこに【電拳】のシュウが加わることになる。
「そして先月のカリス狙撃事件で南とフィオナは電拳のシュウと戦闘になった。そこでもエレキ系の技を使ったのよね。南、シュウはどうだった?」
今度は南に話を振った。
「どうって言われても……普通にエレキ系だったけど。うーん……そうだなぁ」
南は眠そうな顔で思い出そうとしている。モニターにはシュウの画像が映し出されている。南は口を開いた。
「蛇のマナを纏っていたし、マナ量多かったし……。【雷神】の関係者だと思って殺そうとしたけど……フルゴラに邪魔された」
亜梨沙と杏は南の発言に頷いている。杏が眼鏡を掛け直して答えた。
「アドルガッサーベールの創始者、【雷神】のライは協会がマークしている重要人物です。彼は危険な思想の持ち主。必ず世界に災いをもたらす……。南くんは間違っていませんでした」
亜梨沙が話を続ける。
「雷神のライと雷火のランは金蛇よ。蛇の民とも呼ばれているわね。彼等は龍脈の恩恵を受ける一族の末裔。だから秘めているマナ量が異常に多いの」
龍脈とは地中を流れるマナの河である。マナは万物に宿るが、龍脈はその根源だ。
亜梨沙は腕を組んで溜息をついた。
「はぁ。電拳のシュウは金蛇であり雷神の関係者……か。完全にノーマークだったぁー!」
「姉さん。次に電拳のシュウと会ったら殺すの? ……あいつ……何も知らなそうだったけど」
南は気になっていたことを亜梨沙に聞く。亜梨沙は悩みながら答えた。
「んー。そうするとまたフルゴラが邪魔するでしょう。あのババアもアドルガッサーベール創始者の一人だったなぁ。無闇に関わり合いたくないわね。……それに」
亜梨沙は南の目を見て呟いた。
「それに、ババアに言われたんでしょう? ……これは『貸し』だって」
「そうだね」
亜梨沙は眉間にしわを寄せて悩んでいる。そして結論を出した。
「……電拳のシュウは監視対象に留めましょう。泳がせておけば雷神が動き出す可能性もある。これも極秘任務ね」
結局、電拳のシュウを監視はするが、拘束、戦闘をしないことになった。南は静かに口を開いた。
「シャーロット=シンクレアの狙撃は……僕がしっかりとしていれば防げたかもしれないんだ。姉さん、ごめんね。フルゴラに無駄な借りを作った」
南は珍しく謝罪した。
「いいのよ、南。あなたの役割はあくまでも監視だったの。こうなる前にシャーロットには協会へ来てもらうべきだったのよ。これは私の責任ね」
亜梨沙は微笑を浮かべ、南の頭を撫でた。
【参照】
青髪のロウ①→第五話 電拳のシュウ
アドルガッサーベール→第十二話 異人の友社の落合さん
青髪のロウ②→第二十七話 黒川南とフィオナ=ラクルテル
シャーロットの狙撃→第四十四話 世界の終わり
蛇のマナについて→第四十五話 絶対零度
フルゴラの邪魔→第四十六話 雷火のラン
鳥居茜について→第六十三話 無登録難民