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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第七十五話 フローラ=エリソン

 フィルとソフィアはリビングでテレビをマイチューブの動画を観ていた。


「パパ! 私、二人でこうやって動画観るの大好き!」


 フィルはソフィアの横顔を眺めながら考えていた。日本から帰国してからというもの、日に日にソフィアはフローラに似てきているのだ。


――ある夜、フィルがリビングのソファーでうたた寝をしていた時のことだ。


 その日は会社の飲み会で帰宅が遅くなった。酒に弱いフィルが酔いを覚ますためにソファーで水を飲むのは習慣である。


 その晩は水を飲み忘れて寝落ちしていたのだが、そこでソフィアから声を掛けられたのだ。


『……フィル。……フィルったら。水を飲まないとダメでしょう』


 半分寝ぼけていたフィルは思わずこう答えていた。


「……ああ、フローラ。ごめん」


 そう言って目を開けると、横に座っていたのは娘のソフィアだった。


 リビングの間接照明が幻想的な世界を演出している。その中でソフィアは微笑みながら、水が入ったタンブラーを手にしていた。


「あれ? ああ、ソフィーか。水ありがとう」


 平静を装っていたが、フィルは驚いていた。声がフローラと酷似していたからだ。


『……ふふ。お酒に弱いのに無理するから。相変わらずね。フィル』


 そう言って可笑しそうに笑うソフィアは生前のフローラそのものであった。


 困ったように笑う癖、口元に右手を添える癖、子供をあやすように話す癖……。それは全て生きていた頃のフローラの癖だった。


 愛する娘が愛した妻のように振る舞うその姿に、フィルは一瞬だが寒気がしたのである。


『フィル。明日もお仕事でしょう。それを飲んで寝てね。……愛しているわ』


 ソフィアは優しく微笑んでいる。フィルはまるで「結婚前の」自分を知っているかのように話すソフィアの頭を撫でる。


「ソフィア。私も愛しているよ。……お前ももう寝なさい。パパも休むよ」


 そして、目の前のソフィアが、普段のソフィアと決定的に違うことがあった。


(ソフィアは……私を『フィル』とは呼ばないんだ)


――動画は終わったようだった。


「そうだ、ソフィー。また日本に行きたいかい?」


 フィルはソフィアの頭を撫でながら問うた。


「うん! またシュウ様に会いたいもの! 行っていいの? パパ」


「当然さ。私もシュウくんがソフィアと結婚してくれるなら安心なんだ。彼はいい男だぞ!」


 ソフィアはフィルの腕に抱き付いた。その子供のような態度はいつものソフィアである。


「パパ! 私はシュウ様が欲しいです。お金の力で手に入りますか?」


「そうだね! なるべく魅力的な条件を出してみよう! うちのスタッフとして迎え入れてもいいね!」


 ソフィアはフィルの膝に頭を乗せて足をぱたぱたと振っている。嬉しそうである。


「でもね、ソフィー。多分、彼はモテるよ。ライバルが多いだろうから、そこは覚悟しなさい」


 フィルは腕を組んで厳しい顔をしている。ソフィアは膝枕をされながらフィルの顔を見上げていた。


「……そうだよね。シュウ様、格好いいですもの」


「まずは妹のリンちゃんだね。彼女のブラコンっぷりは必ず弊害になるだろう。リンちゃんをどう攻略するか……? それを考えなさい」


「あのモブキャラですか。……あれは放っておいてよろしいかと」


 ソフィアは無表情で言い捨てた。急に敬語である。どうやらリンは眼中に無いらしい。


「強い男はそれだけでモテるからね。ソフィー、頑張りなさい!」


 フィルはソフィアの頬を突っついた。ソフィアはくすぐったそうに身をよじる。


「私はエリソン家の娘だよ、パパ。絶対勝ち取るね! えへへ」


 フィルはソフィアを愛している。彼女が望むなら何でも叶えてあげたい。


「そう言えば、ソフィーに日本の特殊能力開発校から留学に来ないかとお誘いがあったんだ」


 その言葉にソフィアは目を輝かせた。


「本当? パパ! 異能学校の名門じゃない!」


 現在では異人の存在が公認され、異能の学校は世界各国にある。中でも日本の特殊能力者協会が運営する特殊能力開発校、通称異能訓練校は世界的な名門校と評されており、異能を訓練したい者にとっては憧れになっている。


「ソフィアがパパに打ち明けてくれたからね。学校に相談してみたんだ」


 ソフィアは誘拐事件の後、フィルに自分が異人だと打ち明けていた。


 しかし、サイコキネシスでカラーズのメンバーを虐殺したことは言えていない。フィルが心配すると思い、今後も言うつもりはなかった。


「行く! 行くわ! ああ、またシュウ様に会える!」


「そう言うと思って、もう日本に家を買ってあるよ。氷川SCを見下ろせるペントハウスさ。パパの会社の支社も近いから便利な立地だね」


「やったー! ミリア! 聞いて聞いて! 私日本へ行くの! ミリアも来るでしょう!」


 ソフィアは飛び起きると、給仕の名を連呼し、リビングを出て行った。フィルは笑顔でその背中を見送る。


――最近、フィル宛に特殊能力者協会から書簡が届いた。


 それにはソフィアが異能を暴発させ誘拐犯の命を奪った可能性があることが書いてあった。そして、訓練校で異能のトレーニングを積めば暴発はなくなる。ソフィアは素晴らしい才能を持っている……と添えてあったのだ。


 是非、我が校でその才能を発揮していただけないだろうか――。という内容である。良い意味でヘッドハンティングなのだろう。


(シュウくんはソフィアの異能を知っていたのかな……? 彼はぶっきらぼうだったけど、とても優しい少年だから私には言えなかったのかもしれないね……本当、感謝しかないよ)


 そもそもフィルは誘拐事件を公表していない。事件にすらなっていないはずである。その情報を協会(トクノー)がどう知り得たのか、フィルには分からなかった。


(シュウくんが協会に言うはずがない。彼はそのような男ではないことは、私がよく知っている)


 協会トクノーからのメッセージは半ば脅迫ともとれる内容だったが、フィルにとっても渡りに船であった。


 最近のソフィアの変化が異能によるものなら、これ以上の好条件はない。日本の特殊能力開発校は世界一の異能の名門校なのだから。案外、協会はエリソン家の現状を把握した上でアプローチしてきたのかもしれない。


 娘が人を殺していても、フィルの愛情に変化はなかった。


 フィルは静かに目を開けて、昔を思い出す。フローラは今際に際にこう言った。


――娘を愛して――


 愛くるしいソフィアとフローラのようなソフィア。どちらも愛すべき存在だ。


「私がしっかりしないとな……っと!」


 シュウと会った時のフィルはSNSでフォロワーを増やすことに熱中していた子供だった。しかし、この数ヶ月で大分成長していた。以前より父親らしくなっている。


――とは言え、ビジネスにSNS運用は必須である。フィルのSNS好きに変化はなかった。


(SNSでソフィーを異人だと公表して、どうやってマーケティングしていくかな。これはビジネスチャンスさ!)


 フィルの顔はやり手のビジネスマンになっていた。

【参照】

カラーズ虐殺→第八話 ソフィア=エリソン

リンとソフィア→第九話 二つの事実

フィルのSNS依存→第十話 来訪者

訓練校について→第五十六話 異能訓練校

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