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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第七十二話 慈悲なき千夜の雨

 ジャスミンは雨夜あまよの動きにつられ、一瞬空に視線を移したが、すぐに雨夜を見据えた。明確な殺意を持って、マナを集約していく。火炎放射器を彷彿とさせる炎撃を射出しようとした時、ジャスミンは気が付いた。


(……シュウさんがいない!)


 自分と雨夜の間に立っていたシュウの姿が無い。忽然こつぜんと消えている。――気配を感じ視線を右に移すと、稲妻を纏ったシュウの姿があった。


<発電>で身体能力を上げ、神速の踏み込みで肉薄してくる。その右拳には青白く光る螺旋状の電気が見えた。渾身の電拳である。


(……ちっ!)


 ジャスミンはシュウに向けて炎を放った。突然のことで焦り、技の精度は低いが、パイロ系の強みはその攻撃範囲の広さである。


 生物は本能的に炎を恐れるが、シュウの目にはジャスミンしか映っていなかった。その身を炎に焼かれながら、ジャスミンに電拳を放つ。


「くらえ!」


 神速の電拳がジャスミンの頬を裂いた。ビリッと感電し、彼女の集中力を乱す。


「……ッ!」


 ジャスミンは電撃を警戒し、バックステップで距離をとりながら、炎で迎撃する。凄まじい出力である。一瞬で周囲を焼き払った。このマナ量(MP)は底が知れない。


 しかし、シュウは後を追わなかった。十数メートルの距離を空けている。


(何故来ないの?)


――その時、シャンッと鉄扇が鳴った。


「はっ?」


 ジャスミンは雨夜の方を見る。


 そして気が付いた。雨が降りだしていることに――。


(さっきまで晴れていたのに!)


 雨夜は優雅に鉄扇を振り下ろし、そして呟いた。


「<慈悲じひなき千夜せんやあめ>」


――ザァッと空気を裂く音が聞こえ、無数の水の刃がジャスミンに降り注いだ。広範囲で逃げ切れない。


「……ざけんな!」


 ジャスミンが叫ぶと、高威力の炎が、凄まじい速度と圧力で膨張した。雨の中だが火炎は衰えず水を飲み込み大量の水蒸気を発生させていく。シュウは更に距離をとった。何かが暴発する気配を感じ取ったのだ。


「雨夜! 何かやばい! 逃げろ!」


 シュウの勘は当たった。突然、辺りに爆発する音が響き渡った。高温と水が接触し、水蒸気爆発が起こったのである。爆風と白煙が園庭を包み込む。


 みなもとがマナのシールドを張り、雨夜とリンを守った。シュウは神速で距離をとり、難を逃れる。


「……何て出力でしょう。あのパイロキネシスは……」


 源はジャスミンの能力に驚愕している。リンは源の背後から飛び出した。


「兄さーん!」


 シュウは片手でリンを制した。


「リン! まだ来るな!」


 服は焦げているが、雨のお陰で軽傷だ。シュウにはまだ余力があった。雨夜とシュウは視線を合わせる。雨夜は軽く頷くと前へ出てきた。


 白煙と水蒸気が晴れた。爆発の中心部にはジャスミンが立っている。雨夜の「雨」で傷を負っているが軽傷のようだ。


 雨は激しく降り注いでいる。止む気配はなかった。ジャスミンは空を仰ぎ見る。パイロ系には不利な条件が揃っていた。


「……あーあ。赤髪の巫女(ラートリー)の予言通りか。むかつくなぁ」


 ジャスミンは何やら呟いている。雨夜とジャスミンの視線が交差する。信念と怨念がぶつかり合う。他者の侵入を拒む空気の中で、か細い少年の声が聞こえた。


「……ジャスミンちゃん」


 園庭の隅に避難していた健太である。ゆっくりと近付くとジャスミンに声を掛けた。その顔は呆然としている。


「俺達……ともだち……だよね?」


「健太くん」


 ジャスミンは一歩後ろに下がる。


「待って! ジャスミンちゃん!」


――その時、施設の入り口に車が止まり、園庭の中に黒服を着た特殊部隊が入ってきた。協会トクノーから派遣されたギフターのチームである。


「ちっ! ……健太くん! あたしのことはもう忘れて!」


 ジャスミンは巨大な炎をギフターに投げつける。炎は彼等の進路で爆発した。爆風を伴い大量の水蒸気が辺りを包み込む。それは煙幕の代わりとなった。


「待ってよぉ!」


 健太の叫びは届かない。水蒸気が晴れた頃にはジャスミンの姿はもう無かった。


 異人自由学園の建物の損壊は少なかった。爆風で窓ガラスが割れ、園庭が爆発で形を変えたくらいである。


「何でだよ!」


 激しい雨が降る中、シュウは足下の溶けたタッパーを見詰めていた。ルトナは自爆する最後まで、大事に弁当を手にしていたのだ。十歳に満たない少女は、死ぬ直前に何を想っていたのだろうか。


「……兄さん。お怪我はありませんか?」


 リンはシュウの背中に寄り添い、袖をきゅっと握りしめた。


「リン。俺はジャスミンを……ファイブソウルズを許せねぇ」


「……はい」


 リンは目を伏せて頷いた。本当なら今すぐにでも水門みなとの依頼を断りたい。リンにとっては世界平和より兄の命の方が重い。しかし、今のシュウに何を言っても無駄だと分かっていた。


 十名ほどのギフターが園庭で捜査をしている。雨夜や源、施設長がそれに応対していた。


「ん?」


 雨の中、園庭に佇むシュウに近付く少女の姿があった。


「お前は……あの時の!」


 見覚えのある銀髪の少女だった。異名は【銀槍の乙女(ヴァルキリー)】。A級ギフターのフィオナ=ラクルテルである。


「……久しぶりね。電拳のシュウ」


 フィオナは、あの夜、カリス狙撃事件の時、殺し合いをしたギフターの片割れだった。シュウの中でくすぶっていた復讐の炎が灯る。


「お前、何でここに?」


 降りしきる雨の中でシュウとフィオナは向かい合う。そのシュウの後ろで、リンはフィオナを見ていた。その視線は氷のように冷たい。

【参照】

フィオナについて→第四十五話 絶対零度

ラートリーについて→第五十二話 ファイブソウルズ

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