第六十九話 詐欺の才能
遠藤と新垣は無事に異人喫茶へ着いた。面接の時間まで五分である。便利屋の店長のお陰で遅刻をせずに済んだ。
店内を見渡していると、オーナーらしい人間に声を掛けられた。長身でぼさぼさの黒髪。無精ヒゲが目立つ男だ。ネームプレートには八神と書いてある。
「えーと、お客さん。待ち合わせですか?」
低い声である。愛想は無い。遠藤は答えた。
「あ、はい。坂田さんという方と約束しています」
「……こちらへ」
オーナーに奥の個室へ案内される。促されるままに中に入る。
「いらっしゃーい。新垣さんと遠藤さんだね? ささ! 座って座って!」
室内には陽気な男が座っていた。高音の声が響き渡る。
「どうも、新垣っす」
「お世話になります。遠藤です」
二人は挨拶をすると、男の対面に座った。
「DMありがとねー! 私、ドラグラムで対応していた者です! あ、坂田ってのは偽名だからね。分かっていると思うけどこの業界、本名は名乗らないよ」
「はあ……」
坂田と名乗る男は特徴的な外見をしていた。
緑色の癖毛が目を引く。そして黒い革のマスクをしていた。そのマスクの面積が広いので人相は分かりづらいが、声音や話し方から陽気な人だと分かった。
遠藤と新垣は少し安心した。おそらくは特殊詐欺の面接なので、もっと怖い人が待っていると思っていたのである。
「この店は変わっていてね! 防犯カメラとか無いから! 勢力争いが複雑な東銀の中でも希少な緩衝地帯なんだよねー! あ、オーナーはヤバイ人だから絶対怒らせちゃダメだよ」
坂田のテンションは高い。人当たりは良いが、その甲高い声に若干苛つく。親切そうな態度とは裏腹に、軽薄で他人を何とも思っていなさそうな雰囲気を醸し出している。
笑顔で人を切り捨てる。それができそうな男だ。
新垣は坂田を観察した。一見するとただのチンピラに見えるが……。
(この人も……強いな。オレじゃ勝てねーわ)
異人もどきの新垣はマナを視ることができるが、人間性を見抜く遠藤とは異なり、相手の戦闘力を感じることができる。ささやかな異能だ。
しかし、裏社会に片足を突っ込んでいた新垣はこの異能で生き抜いてきた。
「さてさて! じゃあ簡単に自己紹介してもらおうかな! ……じゃあ、遠藤さんからどうぞ!」
遠藤は軽く咳払いをすると答えた。
「遠藤充です。一昨日、バイトを辞めました。正社員経験が無いクズですが、とにかく稼げれば何でも良いです」
「なるほどねー。いいねいいね、クズ最高だね! お金は大事っしょ! 次、新垣さん」
「新垣誠っていいます。オレも同じですね。五十万の借金があるので稼ぎたいっす。稼げれば手段はどうでもいいっすね。まあ、人殺しは嫌ですけど」
新垣の返答に、坂田は満足げに頷いた。黒いマスクで表情は見えないが、おそらく笑っているのだろう。
「安心してね! 叩きはあるけど殺しは無いよ! 後は老人から現金やカード受け取ったり、ATMで金を引き出したり。電話をかけたり! まあ、俗に言う特殊詐欺だと思ってくれていいよ!」
叩きとは強盗のことである。リスクを伴う分、報酬は高い。
事前にドラグラムでのやり取りである程度のことは知らされていたが、実際に聞くと多少躊躇する。これから特殊詐欺の業界に足を踏み入れようとしているからだ。
その雰囲気を感じたのか、坂田は報酬の話をした。
「成功報酬は五パーセントだけど、異人なら十パーセント払うよ! 百万抜けたら十万払っちゃう、即日現金で!」
「一日で十万っすか! これは美味しい……」
新垣は目を輝かせた。
坂田はその反応に満足すると突然話を変えた。
「そう言えば、この店に来た時、金髪の人と一緒だったよね? ……彼との関係は?」
遠藤は坂田の声音が少し低くなったことに気が付いた。新垣は気が付いていないだろうが、心なしか警戒度が上がったように感じる。
慎重に遠藤が答える。
「道に迷ったので案内を頼みました。氷川駅近くの便利屋の人です。それだけです」
「なるほどねー! そっかそっか! いや、怖そうな人だったからどこかの組織の人かなって思って聞いちゃったよ。この業界、子供でも怖い異能持ってることもあるし! 私のバックにもでっかい組織があるから、敵対していたら嫌だなってね」
坂田のテンションが元に戻った。どうやら遠藤の答えに納得したらしい。
「じゃあ、これも面接ってわけではないけど、聞いておこうかな! 金髪の人の印象はどうだった? じゃあ新垣さんから」
新垣は突然話を振られて動揺している。そして少し考え率直な意見を言う。
「あの人、超強いっすね。坂田さんも強そうだけど」
「ん? それだけ?」
「はい。オレにはそれしか分かりません」
「ふーん。面白いねぇ。じゃあ、遠藤さん」
坂田は遠藤に話を振った。
「悪い人ではないと思いますね。野心とかそういうのには無縁というか。それに……」
「それに?」
「シスコンかと」
「なるほどねー。実に興味深い」
坂田は腕を組んで、うんうんと頷いている。黒いマスクで表情が見えないので、何を考えているのかは分からない。
「対面じゃないと異人かどうか分からないから、リスク承知で面接してるんだよね。……君たちは『もどき』だな」
坂田にマナを視られている。彼も異人らしい。
「ストレンジャーだと警戒されるから、もどきが丁度良かったりするんだよね。マナが分かるって凄いアドバンテージだからさ! うんうん、合格!」
面接は呆気なく終わった。しかも合格である。
「あ、そうだ。新垣くん。金髪はやめてね。老人に不信感与えちゃうから。うちは老人を狩るから身嗜みには気を遣ってよ。かけ子に昇格したらまた染めて良いからさ!」
「え? ……はい。分かりました」
「遠藤さんはその真面目そうな雰囲気が素晴らしいね。無害そうに見えるし。エースになれるかもしれないよ!」
坂田は親指をぐっと立てた。
「じゃあ、どうしようかなー! 最初は受け子か出し子からスタートするんだけど? どうする? 二人で行ってもいいよ。報酬は折半になるけど!」
坂田は両手をパチンと合わせると、目をキラキラさせて聞いてくる。とてもテンションが高い男だ。そして少々鬱陶しい。
新垣は遠藤の方を見た。遠藤に判断を仰いでいる。
遠藤が考え、新垣が行動する。これが二人のポジションである。遠藤は軽く咳をすると答えた。
「……では、受け子をやります」
「おお、受けか! ちなみに何で?」
「出し子だとコンビニやATMの防犯カメラに映りますよね。その日は捕まらなくても、追跡されて後日捕まるかもしれません。少なくとも受け子ならそのリスクはありません」
坂田は遠藤の返答に目を丸くした。感心しているようだ。
「……それに、受け子はターゲットと顔を合わせますから。その場の雰囲気でどうとでもなるかと」
「ふーん。面白いねぇ」
「いえ。ずっと人の顔色をうかがって生きてきましたので。何となく分かるんですよね、相手の考えていることが」
「……ふむ」
坂田は遠藤から新垣に視線を移した。
「……で、新垣くんは相手の強さが分かるんだっけ?」
「そうっすね。喧嘩ばっかしていましたから」
「ふーん。ついでに君たちの関係は?」
遠藤と新垣は顔を見合わせた。そして同時に答える。
「悪友です」
――こうして、二人は特殊詐欺の業界に飛び込んだのである。稼げれば何でもいい。動機はシンプルだった。
遠藤と新垣は瞬く間に出世した。
何度受け子をやっても逮捕されない。警察の罠を察知すると金を受け取らずに早々に撤退する。インターフォンの会話で異変を感じたらそのまま立ち去った。
電話では狼狽えていた老人が、玄関で顔を合わせる時には堂々としている。余裕を感じさせる。もしくは芝居がかっている。その変化はマナにも表われた。
そのような場合は警察が周囲で見張っている可能性が高い。遠藤と新垣は危険を察知することに長けていた。
二人は老人から金をせしめ、坂田の組織に大金を運び続けた。遠藤は詐欺の才能を開花させ、新垣は護衛として活躍した。
組織から評価され、二人は「かけ子」へ出世した。特に遠藤は詐欺の才能を発揮し、すぐにリーダーの「ハコ長」へ抜擢される。
遠藤の一週間の収入は七百万を超えていた。あっという間に「億り人」である。
とあるマイチューバーの言葉を思い出す。
――世の中、真面目なヤツが損するシステムなのですよ。いけないとは思いますけど、それが現実なのですよ――
これは真理であった。今の遠藤はそれを実感している。
それから遠藤は「リクルーター」を経て坂田の懐刀となったのである。そこまで来ると組織の幹部陣にも名を知られることになる。
先日、遠藤と新垣は龍王の後藤と飲み会へ参加した。龍王の幹部が顔を合わせる場だ。
そう、坂田のバックにいたのは異人反社組織の龍王であり、気が付くと遠藤充と新垣誠は龍王の構成員となっていたのである。
二人が悪いのか、二人を追い詰めた社会が悪いのか。人生は一寸先が闇である。誰もが被害者に、そして加害者になり得る時代なのだ。
【参照】
八神について→第一話 異人街の便利屋