第六十八話 五千円で一緒に行ってやるよ
新垣がメッセージを返信するとすぐに反応があった。詳しい説明をするために、まずはドラグラムのインストールを指示された。このアプリは秘匿性が高いことで有名である。
グレーの仕事なので捕まりません!
受け子! 出し子! かけ子! 海外かけ子! 運び! 選べます!
SNSの最初のやり取りより、突っ込んだ内容になっている。
受け子は現金やキャッシュカードを受け取る。出し子はATMで現金を引き出すことを意味する。かけ子はオレオレ詐欺の電話役。運びはDMD等の違法薬物や金品を運ぶことだ。
「典型的な詐欺だな。新垣くん、どうする?」
「そっすね。でもオレ借金返してぇし。捕まらないって書いてあるし、やってみるかな!」
楽天的な新垣は乗り気である。金を稼ぎたい。同じ気持ちは遠藤にもあった。先方と何度かやり取りをすると、最後にこのように聞かれた。
――あなたは異人ですか? 異人だと報酬アップ!
「遠藤さん。どうする? これの返事」
奇妙な問いだった。異人と普通人で待遇が変わるのだろうか。
「僕達はストレンジャーほどの異能はないけど、一応異人だから『異人もどきです』で良いんじゃない? 報酬上がるみたいだし」
「そっすね。じゃあそうすっか」
新垣はそのように返信した。すると事態が動いた。
――対面で面接をします! 場所は東銀の異人喫茶――
二人にとってこれは意外な展開であった。詐欺グループの面接はメッセージのやり取りで完結すると思っていたからだ。しかし、逆にある種の信憑性が増す。
「会うんすね-。ある程度信用できるんじゃねぇ? 遠藤さん」
遠藤も同じことを考えていた。相手に会えるのはメリットである。マナに敏感な遠藤なら、対面で得られる情報は多い。
「異人喫茶? 聞いたことあるけど、どこだっけ?」
遠藤が訪ねると、新垣はスマホに目を落とした。
「……げ! 地上じゃん! 暑そうだなぁ。地下都市に来てからは、あんまり地上には上がらなくなったからなぁ。久々だぜ」
「そうか。迷わないように早めに家を出た方が良いね。面接はいつ?」
「……えっと。ああ、明日じゃん! はや! なんかこう……流れが来ている! 明るい未来が待っていそうだなぁ!」
隣で新垣がガッツポーズをしている。遠藤はそこまでポジティブではなかったが、稼げればなんでも良いと思っていた。
◆
遠藤と新垣は観光客で溢れかえる東銀を歩いていた。今日は面接の日である。直射日光が痛い。久々の地上だが、相当暑かった。
「新垣くん。もしかして迷ってる? ナビ使ってよ」
「悪い! 遠藤さん。スマホのナビが動かない。どっち向いているのかも分からねぇ」
新垣はスマホと睨めっこしている。スマホがフリーズしているようだ。
遠藤はスマホを持っていない。これはゆゆしき事態である。道行く人に聞こうと思っても外国人ばかりで気後れしてしまう。
「うーん。ん? 便利屋金蚊?」
遠藤は少し先に見える便利屋を見付けた。そして新垣の肩を叩く。
「新垣くん。あそこに便利屋がある。道くらい教えてくれるんじゃないかな」
新垣は遠藤が指差す方向を見た。店を見て眉をひそめる。
「何かビミョーな店構えだな」
二人はガラスの扉越しに店内を覗いてみた。中には金髪の店長らしき少年が座っている。
「金髪のガキじゃねぇか! 信用できねぇ」
「新垣くん。キミも金髪だろう。彼と何が違うんだい?」
「いや、だって! まだガキじゃんか。それにしちゃマナが強ぇし、得体が知れねぇよ」
「あはは。あの人に聞いてみよう。失礼しまーす」
遠藤は可笑しそうに笑うと店内へ入っていった。新垣は気が進まなそうな表情で後に続く。
不良の新垣は喧嘩慣れしており、決して気弱ではない。むしろ強い方だろう。それでも金髪の少年からはただならぬマナを感じたのである。
二人が中に入ると、カウンターの向こうに座っていた少年が、こちらに気が付いた。そして気怠そうにこう言った。
「……っしゃーい。異人街へヨウコッソー」
完全に棒読みで、客を迎える気遣いは皆無だ。顔は無表情で強面のままである。
「……は、はぁ」
遠藤は金髪の少年の接客態度に若干戸惑った。マナを視る限り悪い人間ではなさそうだが、相当な変わり者かもしれない。
「あれ? その反応……。あんたら観光客じゃねーの? 外したか、これ」
少年は腕を組んで驚いた顔をしている。悪気はないようだった。
(いや、観光客だとしても今の挨拶は……)
遠藤は面食らっている。横にいた新垣が遠藤の代わりに答えた。
「オレらは東銀の地下都市に住んでるっす。だから地元っすね」
少年の強さが分かる新垣は一応丁寧語である。相手が年下だろうが、勝てない相手には喧嘩を売らない。新垣はスラムの流儀が分かっていた。
「ふーん。貧弱な地底人か。で? 何の用?」
少年は鼻をほじりながら、やる気がなさそうに聞いてくる。すると店の奥から可愛い少女が顔を覗かせた。
「兄さん。失礼な言い方はお控えください。お客様じゃありませんか」
少女はベージュ色のボブヘアでかなり可愛い。少年と同様に笑顔ではないが可愛いから許せる。
「……い、妹さんっすか? 全然似てないっすね!」
新垣は率直な感想を言った。他意はない。本気でそう思ったのである。
「ああ。よく言われるけど、可愛いからって手を出したら、ただじゃおかないよ。キミタチ」
どうやらこの少年はシスコンらしい。遠藤はそう思った。そして、どう見てもこちらの方が年上だが、少年の物言いには遠慮や敬意が感じられない。遠藤は半ば呆れながら口を開く。
「あの、異人喫茶ってどこにありますか? ここから近いですかね?」
「五千円だな!」
「は? 何がです?」
遠藤が聞き返す。少年は面倒くさそうに答えた。
「道案内だろ? 五千円で一緒に行ってやるよ」
遠藤と新垣は顔を見合わせた。少々高い気がする。
「い、いや。道を教えてくれたらいいんですけど」
新垣は勇気を出してやんわりと拒否をする。
「教えるったってちょっと遠いから言葉じゃ言い切れねーよ。絶対迷うって! スマホも使えないっぽいし。途中、厄介なヤツに絡まれたら撃退してやるから」
少年の後ろに控えていた少女が口を挟んだ。
「兄さん、道案内で五千円は可哀想です」
新垣は少女のフォローに即座に反応した。
「そうっすよね。じゃあ……」
「ひとり千円で……二千円が相場だと思います。税込みで二千二百円」
「へ?」
妹の助け船かと思ったが、そうではなかったようだ。最初に高い金額を見せてからの値引きである。これは計画的だ。
可愛らしい美少女が遠藤と新垣を見詰めてくる。
(まあ、可愛いから良いか。笑えばもっと可愛いのに勿体ねぇ)
新垣はそう思った。
「遠藤さん。別に良いんじゃね? どうせだから連れて行ってもらおうぜ」
「うーん。まあ、そうだね。面接まで時間もないし。それでは店長さん。お願いします」
遠藤は金髪の少年に二千二百円を渡した。そこで少年は初めて笑う。
「了解! 行きましょうか! 異人喫茶へ! んじゃ、リン。行ってくる」
遠藤と新垣は少年と一緒に店の外へ出た。そして異人喫茶を目指して、人で溢れかえる東銀を歩き始めたのである。




