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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第六十六話 ここに化け物がいる

 稲葉の右手に多量のマナが集まっていく。それは光を放ち、一振りの刀となった。


念刀十六夜ねんとういざよい


 青白い光を放つ十六夜はマナで発現する伸縮自在の刀である。系統的にはサイコキネシスに分類される異能だ。しかし傷の少年に動じる気配はない。ポンチョの裾をはためかせ、勢いよく踏み込んできた。両手に持つ短剣が生き物のように動き、見るものを幻惑させる。太刀筋が読めない。


「ちっ!」


 稲葉の十六夜が三メートル程伸び、巨大なバスターソードとなる。稲葉はそれを右手一本で左から右へ薙いだ。障害物となる鉄柱を破壊し敵を狙った一閃である。少年は高く跳躍し、その一撃を回避する。


「もらった!」


 稲葉は振り切った十六夜を豪快に左上に切り上げる。一閃目と二閃目の繋ぎ目がない。美しく、速い太刀筋である。――次の瞬間、空中にいる少年の足下に青く光るマナの足場が生成された。それを蹴って空中で方向転換し更に跳躍する。


「なに!?」


 空中で回避されるという想定外の状況。十六夜を振り切った体勢は隙だらけであった。少年は二本の短剣を稲葉に向かって振り下ろす。


(やべぇ……!)


 その時、数メートル横にいたフィオナがレイピアを突いた。その切っ先から螺旋状のマナが一直線に放たれる。極限まで絞り込まれた鋭いマナだ。フィオナの突きに距離は関係なかった。


 すると、少年の右側に湾曲したマナの壁が生成され、フィオナの突きの軌道を曲げた。ギャリッと激しく擦れる音が場内にこだまする。曲げられた突きはそのまま天井を貫通した。


(このガキ! あり得ねぇ!)


 稲葉はマナの扱いに長けた少年に驚愕した。さり気なく使っているが、高等技術の連続である。少年はマナ(へき)を足場にして跳躍し、今度はフィオナに斬りかかった。およそ人間ではあり得ない立体的な動きに翻弄されている。


 フィオナは刃を受けずに回避した。二刀目の追撃を警戒してのことだ。足にマナを集めて素早く横側にステップする。一瞬で五メートルは距離をあけた。


 少年はその動きに反応した。野生の反応速度でフィオナを追おうとした瞬間、殺気を感じて振り返った。刹那、背後にいた稲葉が少年に向けて十六夜を振り下ろす。それは先刻より短くなっているが、その分厚みが増していた。


(今度こそもらった!)


 稲葉の一振りが少年を捉えると思われたが――少年が素早く回転し右の短剣で稲葉の十六夜を弾いた瞬間、激しい轟音を伴い爆発したのである。十六夜は爆風でかき消された。まるで目の前の空間が爆発したように感じ、その衝撃で稲葉は後方へ吹き飛んだ。


「ぐあっ! エクスプロージョンか!」


 稲葉は背後の鉄柱にドンッと背中を預ける。すぐに十六夜を生成し、迎撃に備えた。爆発を起こした少年はマナのコントロールで自身へのダメージは回避している。表情一つ変えずにフィオナに斬りかかっていた。


 稲葉に背筋が寒くなるような感覚と、自虐的な高揚感が生まれてきていた。傷の少年は二人のA級ギフター相手に全く怯む様子がない。先程の爆発で、相手が桁違いのマナ量(MP)を秘めていることも理解した。


――ここに得体の知れない化け物がいる。これは異人街の危機かもしれない。


(この件は必ず副会長に報告する! 死んでたまるかぁ!)


 稲葉の覚悟が十六夜に反映される。今日一番の出力で巨大な念刀が生成された。少年の二刀流とフィオナのレイピアが激しい火花を散らしている。稲葉が覚悟を決めて踏み込もうとした瞬間、場内に大きな声が響き渡った。


「ヤミ! やめろぉ!」


 今まで無反応だった少年が初めて反応を示した。フィオナのレイピアを弾き飛ばし、そのままバク転で数メートル距離をとった。声の方を見ると後藤が立っている。外から侵入した傷の少年とは違い、地道に階段を上がってきたようである。


「ヤミ。俺等のターゲットは協会(トクノー)じゃねぇ。こいつ等は殺すな」


 ヤミと呼ばれた少年は、後藤の方をちらりと見たが、戦闘態勢は崩していない。


「お前、日本語分かるよな? 今日はやめとけ。おしまいだ」


 後藤はそう言うとタバコに火をつけた。


「おい、後藤! 何を企んでいる?」


 稲葉は後藤に向かって叫んだ。後藤はゆっくりと煙を吸い、そして吐き出した。


「ギフターさんよ、こいつはファイブソウルズの一番、『ナンバーズ』だ。お前等じゃ勝てやしない。ここは取引といこうじゃねぇか。俺達はお前等を殺さない、だから俺達を見逃せ」


「あぁ?」


「お前等の尾行に気が付いてねーわけねぇだろ。[龍王(ドラキン)]の意志は伝わったな? 協会と揉めるつもりはねぇ。今のところは……だがな」


「……稲葉」


 フィオナは稲葉にアイコンタクトを送る。「やめろ」という意味だ。ヤミは短剣をポンチョの下に収めると、十階から外へ飛び降りた。


「おい! 待て!」


 稲葉が下を覗くと、もうその姿は無い。人間離れした動きに戦慄が走る。


「じゃあな」


 後藤はタバコを踏みつけると、ゆっくりと階段を下りていった。後には稲葉とフィオナが残される。フィオナはレイピアを鞘に収めると稲葉に話し掛けた。


「今日は帰りましょう。怪我したし。あなたも火傷している」


「あいつがこの前の会議に挙がったファイブソウルズか。龍王と組んだってことか?」


「……さぁ? 私のスピアが効かなかったわ……あんなやり方で防がれたのは初めて……」


 フィオナの<スピア>は鉄すらも貫通する威力がある。ヤミが生成したマナ壁が平面だったら破壊したかもしれないが、湾曲させて力を逸らしていた。


「マナ壁を張ると言っても……。生成・硬化・座標指定・固定……。その工程は複雑よ。……それを戦闘中にミス無くね」


 二人は階段を下りていく。気配を探るが、不意打ちはないようだ。フィオナは口を開いた。


「ファイブソウルズの少年兵(ヤミ)……雰囲気が団長に似ていたわ」


「あいつはS級並みの猛者(もさ)だったってことか……実戦経験の差は感じたな。俺達ギフターは戦闘は手段であって目的ではない。……それに比べてあのガキは戦闘が日常の一部になっていた」


 稲葉は直情型だが馬鹿ではない。素直に自分の劣っているところを認め分析することができる。稲葉とフィオナは立体駐車場から外へ出た。そして後藤がタバコを吸っていた自販機まで戻ってくる。そこから、先刻まで自分達がいた十階を見上げた。


「ここから一瞬で駆け上がってきたんだぜ? 理論上は可能だ。あのマナ壁を生成しながら上がってきたんだろうが……」


「南なら同じことが……できるわ」


 南を嫌う稲葉は怪訝な顔をするが黙って聞いている。


「マナ壁生成は氷壁を生成する技術と似ている……からね。あの子は天才だから……感覚的にそれができる」


「……」


「それに……あの子がマナ切れを起こすところ……見たことないもの。広域凍結能力(ニブルヘイム)を二回発動させてもまだ余力がある。あのMPはチート級」


 稲葉は無言のままだ。


「でも身体が未成熟だから……能力の反動でいつも眠そう。能力の容量が大きいから……精神も子供のまま。だから、あまり怒っちゃ……ダメ」


 フィオナはじっと稲葉の顔を見る。相変わらず表情はないが、不器用なりに何かを伝えようとしていた。細い人差し指をクロスさせてバッテンを作っている。


「ファイブソウルズとやり合うなら……南のフォローが必要。ニブルヘイムで地面を凍結させて……機動力を奪う」


 稲葉の頭の中で理性と感情が渦巻いているようだ。


「……まあ、黒川はA級に上がるのが遅すぎたな。副会長が過保護だからだが」


「え?」


 フィオナは意外そうに稲葉の顔を見た。


「なんだよ? 俺だって分かっているよ。黒川もヤバイって。そう言えばあのヤミって奴と年齢も近いんじゃねぇか?」


「そうかもね」


 普段、笑うことがないフィオナが珍しく微笑んだ。


「馬鹿野郎! 黒川を認めているわけじゃねぇ。マナの量や能力の系統で優劣が決まるわけじゃない。実戦となりゃ尚更だ。俺だったらニブルヘイム発動前に黒川を斬れるしな」


「……斬っちゃダメ」


 純朴なフィオナの反応に稲葉は溜息をついた。また人差し指でバッテンを作っている。


「斬るか馬鹿! 例えだろうが! やっぱり気に食わねぇや。奴が嫌いだ、俺は。ほら、帰るぜ」


 稲葉は振り返らずにすたすたと歩いて行ってしまう。フィオナはため息をつくとその後を追っていった。

【参照】

黒川南について→第四十五話 絶対零度

ヤミについて→第四十八話 サルティ連邦共和国

騎士団長について→第五十七話 アルテミシア騎士団長

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