第六十四話 フィオナと稲葉
フィオナ=ラクルテルと稲葉晃司はA級ギフターだが、協会内のランキングで上位に位置しており、AA級への昇格が近いと噂されている。
ギフターの等級のトップがSSS級で、その下はSS級、S級、AAA級、AA級と続くが、A級からが長いのである。特にAAA級から上になると、単純な力の差ではなくなっており、実力的には団子状態になっているのだ。
現在、協会でトップクラスの実力を持つと言われている異人は、アルテミシア騎士団長のクートー=インフェリアである。もし、彼がはえぬきの協会員なら等級はS級よりも上かもしれなかった。
フィオナと稲葉は東銀を巡回していた。フィオナは銀髪の少女で、稲葉はウェーブがかかった茶髪のイケメンである。
「おい、ラクルテル。お前、クートーさんから訓練受けているんだろ? どんな感じだよ」
稲葉はフィオナより年上だが、同時期にA級に昇格している。いわゆる同期だ。彼は自分と同じサイコキネシスを使うクートーを尊敬していた。あわよくばS級の恩恵にあやかりたい思惑もある。
「……答える義務はないわ。そもそも……なんで南じゃなくて、あんたなんかと……。フェルディナンには断固抗議する……」
隣を歩いているフィオナは素っ気なく答えた。腰にはレイピアを携えている。ギフターの特権により銃刀法違反にはならない。
「うるせぇな。言っておくが、歳は俺の方が上だからな。敬語使え! 敬語を!」
稲葉とフィオナはサイコキネシスとテレキネシスを使う。同じ無属性能力であり、相性は悪くない。
「南と朱雀さんは難民キャンプね……。大丈夫かしら」
フィオナは心ここにあらず、である。普段から感情を表に出さないクールな性格だが、今日はそれに拍車がかかっている。
「お前も朱雀も黒川に構い過ぎだろ。副会長の点数稼ぎか? あの人は弟好きで有名だから、逆効果だぞ?」
稲葉は最近A級に昇格した黒川南を嫌っている。副会長の亜梨沙の弟であることも気に入らない。フィオナは稲葉を睨んで言った。
「……私は朱雀さんほど腹黒くないわ。別に私は既に副会長から嫌われているし。……南は、何か放っておけない……かわいい」
「かわいい? お前の美的センスどうなってんだ? クソガキだろ、あれは。お前等の感覚は理解できん。したくもねぇ」
「……南には私が必要なの」
「お前、それ! 典型的な駄目な関係だろ。意外とそういう女か? ダメ男に貢いでんじゃねぇぞ」
二人で東銀を歩いて行くと、明らかにカタギではない男の姿が交差点の向こうに見えた。その男は黒髪のツーブロック、筋肉質で背が高い。黒いタンクトップから分厚い胸板が見えている。
「おい、ラクルテル。あれは龍王の後藤じゃねぇか?」
「……そうね。異人喫茶の爆破事件で警察に捕まったって聞いたけれど……」
後藤は【鬼火】の異名を持つストレンジャーである。ライターの火を自在に操る異能を使う。広い定義ではパイロ系のエレメンターに属する男だ。反社組織[龍王]の武闘派リーダーである。
後藤はタバコを吸いながら、緑色の髪をした若者と会話している。若者は本革の黒いマスクを着けていていかにもヤンキーのような外見である。
「なんだぁ? あの緑アタマは。ラクルテル、後藤と話しているアホは誰だ? 龍王の構成員か?」
「……知らない。後藤と話しているんだから、そうなんじゃない?」
「ファイブソウルズだけでなく、龍王と龍尾の抗争も重要事項だったな。今、後藤に誰が張り付いてんだ? 羽生か? ブリュンヒルトか?」
稲葉は態度が悪いが、仕事には誠実な男である。しかし、熱血漢で融通が利かない。フィオナは溜息をついた。
「……そんなの知らない。……ギフター同士だって情報を全て共有しているわけじゃないもの……本部に聞けば?」
フィオナの返答に稲葉は苛ついている。舌打ちをすると後藤達の方へ歩き出した。
「そんな時間ないだろ。事件は起こってからでは遅いんだ。奴を尾行する。お前は勝手にしろ」
稲葉はそう吐き捨てると振り返りもせずに行ってしまった。
「はぁ……猪突猛進男」
フィオナは先走る稲葉の後を追った。稲葉は実力者だが、直情的に行動する。そこに隙がないとは言い切れない。交差点の向こうで後藤が裏道に入った。緑髪の男は後藤と別れて大通りの方へ歩いて行く。二人は後藤の方の尾行を開始したのであった。
【参照】
異人喫茶の事件→第三十話 鬼火の後藤
フェルディナンについて→第二十四話 ブラコンの副会長
ファイブソウルズについて→第五十二話 ファイブソウルズ
稲葉について→第五十六話 異能訓練校
クートーについて→第五十七話 アルテミシア騎士団長