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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第六十三話 無登録難民の居場所

 暴漢に襲われてから十分後、南と華恋はキャンプ内協会事務所に訪れていた。そこには二人のギフターが在籍している。


「朱雀さん、黒川くん。ようこそ! 最果ての難民キャンプへ! いきなり襲われるなんてねぇ! なんか持ってるよね、君たち! あはは」


 笑顔で迎えてくれた男はA級ギフターの坂本拓海(さかもとたくみ)である。オレンジとブラックが混ざったボサボサのウルフカットで、いかにも軽薄そうな外見だ。


「火と氷のペアなんてエキサイティングだよねぇ。あはは! 超うける! 暴漢達も災難だったなぁ」


 華恋は坂本のテンションにも引かず、笑顔で答えた。


「坂本先輩、鳥居先輩、お久しぶりです。本部からメールがいっていると思いますが、今日はファイブソウルズの捜査に来ました」


 南と華恋は坂本に促されるまま丸テーブルに着いた。すると事務所内にいた女性が自販機で買ったペットボトルのお茶を出した。


 彼女はA級ギフターの鳥居茜(とりいあかね)だ。黒髪のショートカットでブラウンフレームの丸眼鏡を掛けている。坂本とは対照的で地味な女の子だ。


「……二人ともお疲れ様です。……お茶をどうぞ。……ゆっくりしていってくださいね」


 鳥居はそう言って、奥の席に座ると、パソコン作業を再開した。小柄で可愛いが愛想のない子である。


「テロ犯なんて異人組織でもなければ、本来は公安の仕事だよねぇ。でもさ、異人と普通人が混ざった組織だったら、協会と公安、どっちの管轄になるべきだと思う?」


 坂本はコーヒーを飲みながら愚痴を言っている。話が脱線しているが、華恋は笑顔を崩していない。隣に座っている南は既に眠そうだ。坂本は南へ声を掛ける。


「黒川くんはどう思う?」


「……」


 南は何も答えない。虚空を見詰めていた。華恋が慌ててフォローする。


「さ、坂本先輩! ごめんなさい、南くんは人見知りなので……」


「あっはは! そうかそうか! ……えっと、君たちが探しているのはテロをしそうなストレンジャーだったね」


 坂本は脱線していた話を軌道修正する。華恋は姿勢を正すと頷いた。坂本は腕を組んで何やら考えている。そして口を開いた。


「ごめん、分からない。現在、難民枠での異人登録者数は五十人ちょっとだ。協会は彼等の所在地を把握しているから、何か怪しい動きがあれば、既に見付かっているはずさ」


 先程までの軽薄な雰囲気は無くなり、坂本は真面目な表情で語り出した。


「……そうですか。このキャンプ内にはいないんですかね」


 華恋は残念そうな顔で呟いた。坂本は話を続ける。


「荒川第一難民キャンプには現在三千人ほどの難民が暮らしているけど、彼等が皆、異人だと名乗り出るわけではないからね。それに無登録難民も多い。全てを把握するのは無理なんだ」


「無登録難民……? 密入国ですか?」


「正規ルートで来る審査待ちの難民もいるさ。ブローカー経由で偽造パスポートを使い入国する奴もいるし、突然逃亡する奴もいるよ」


「そうなんですか。キャンプから出てしまった難民までは追えませんね。でも坂本先輩。何故難民は逃げるんでしょう?」


「ここは入管収容施設と同じようなものだからね。居心地が良いとは言い難い。それに……」


「それに?」


「キャンプを歩いて分かると思うけど、ショップやレストランがあっただろう? この中でもお金が必要なんだ。支援だけでは生きていけない。難民だって外へ働きに出る。このキャンプの近くにマキシムラインって工場があるんだけど、そこは無登録難民を雇っているんだよ。文字通りこのキャンプの難民を支えている」


 華恋は坂本の言葉に動揺した。無登録難民の就労は禁止されているからだ。


「何故摘発しないんですか!」


「敢えて黙認しているんだ。支援だけで難民は生きていけないし、税金を使うと国民の反感を買う。限りなく黒に近いグレーだ」


「でも……! 坂本先輩はそれで納得しているんですか? ギフターとしての使命感は?」


「別にどうでもいいよ。それに難民政策にはマナ国党……、政府が絡んでいる。下手に踏み込んで虎の尾を踏むわけにはいかないだろ? ……それにもう一つ理由がある」


「え? なんでしょう」


 きょとんとしている華恋の横で、南が答えた。


「なるほど、DMD……」


「え? どういうこと? ……あ、マキシムラインって……そうか」


 南の発言の真意に華恋は気が付いた。坂本は満足げにうんうんと頷く。


「そう。先月のカリス狙撃事件の捜査で、マキシムラインと龍尾のDMD密売疑惑が浮上している。特能病院に入院している白石武彦の背景を洗ったら出てきた情報だ」


 奥の席に座っていた鳥居が、坂本の話に反応する。パソコン作業をしながら口を開いた。


「……その件に異人の歌姫、カリスが関係していることも確実です。……カリスはダイバーシティの象徴……異人と普通人の架け橋。スキャンダルは絶対ダメ……」


 鳥居の言葉に華恋が眉をひそめた。彼女は人一倍正義感が強いのである。華恋の反応を見た坂本は笑いながら鳥居の話を引き継いだ。


「白石武彦がダークマナ中毒で正気を失っていて供述がとれない。それに狙撃事件の夜のことは協会、金蛇、騎士団が口裏を合わせている。水門は独自に調査していたけど、この件はもう終わりだねぇ」


 さばさばした坂本の表情とは対照的に、華恋の顔には嫌悪感が浮かんでいる。


「そんな……。じゃあ……正義ってどこにあるのでしょうか」


 坂本がコーヒーを飲みながら話を続けた。


「あの事件が終わった今も……カリスはマイチューブで歌い続けている。一体『誰』なんだろうねぇ? 『中』の人は」


 事件後もカリスは変わらず活動を続けている。世間は事件の存在自体を知らない。


 すると、これまで沈黙していた南が口を開いた。


「……終わっていない」


 突然の南の言葉に、坂本と鳥居が驚いた顔をする。


「お? どうした? 黒川くん」


「カリスの事件はまだ終わっていない。……シャーロット=シンクレアを狙撃した犯人が……まだ捕まっていないから」


 南の発言に事務所が沈黙に包まれる。誰も何も言わない中で、その沈黙を破ったのは鳥居であった。


「……黒川くん。あなたの任務は『監視』だったわ。……落ち度はありません」


 鳥居はそう言うと、南にチョコレートを渡した。彼女なりの気遣いらしい。


 カリス狙撃事件の真相はA級ギフター以上の一部の人間しか知らされていない。DMDが絡んでいる以上、当然の措置だった。狙撃犯の足取りは今も全く掴めていない。


 坂本が笑いながら話を続けた。


「まあ~、カリス狙撃事件とマキシムラインは、DMDの薬物汚染と難民問題が絡み合っていてデンジャラス過ぎるよ。ファイブソウルズの件もあるし、このままお蔵入りだねぇ」


 南はチョコを食べながら、あの夜の雨蛇公園を思い出していた。


 血を吐きながら、命懸けで雷火の女帝に懇願する電拳のシュウの姿を思い出していた。


――……何故! シャーロットが殺された……のか。……知らずに俺は死ねない……! ――


 あの夜のシュウの言葉が頭の中で繰り返される。南はぼそっと呟いた。


「……まあ、どうでもいいよ。……本当に面倒くさい」


 微かに南の呟きを聞き取った華恋が首を傾げる。


「南くん、どうしたの? そろそろ帰ろうか」


 坂本が席を立って伸びをしながら言う。


「うーん! 悪いね、力になれなくて。この部署も去年新設されたばかりで情報が少ないんだ」


「いえいえ、坂本先輩、鳥居先輩。ありがとうございました! ほら、南くん。行こう」


 坂本と鳥居はキャンプの出口まで、二人を見送る。そして坂本は華恋に言った。


「朱雀さん。一度マキシムラインで働いている難民の姿を見ると良い」


「え? 何故ですか?」


「グレーゾーンだろうがなんだろうが……彼等の居場所だってことが分かるはずだ」


 坂本は苦笑して言葉を続けた。


「君は賢いが、頭でっかちだ。世の中には勉強だけでは分からないことが沢山あるのさ」


「……はい」


「華恋、行くよ」


 南はキャンプを出て、氷川SCの方へ足を向けた。


「あ、待ってよ。南くん! じゃあ、お疲れ様です。先輩!」


 南と華恋は街の方へ並んで歩いて行く。


 キャンプの出入り口には仕事から帰ってきた難民の姿で溢れかえっている。出入管理で忙しい警備員が不機嫌そうな顔を見せていた。いつもの光景である。


 その人混みの中から、南と華恋の後ろ姿を見詰める一つの人影があった。


「……」


 その人影はチェンであった。チェンは無言で二人を見送ると、川の方へ姿を消した。


 日が傾き始めている。荒川から吹いてくる風が木々を揺らした。難民キャンプに夜が迫っている。

【参照】

マキシムライン→第十三話 難民の工場

白石の中毒→第三十四話 闇へ誘う女

カリス狙撃事件→第四十四話 世界の終わり

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