第六十二話 南の守護神
「……華恋は下がっていてよ。僕がやるってば」
南が面倒くさそうに手を振ると、華恋は優等生スマイルを浮かべながら答える。
「南くんのニブルヘイムが発動したら給水タンクが凍結して破裂しちゃうでしょ。水は貴重なんだから止めた方がいいと思うの」
「華恋の炎だって危ないだろ。テントが燃えたらどうするんだよ」
華恋は笑顔で首を横に振った。
「炎天下だからこそ、だよ? 南くん。この気候でアイスキネシスを発動させるのにどれだけのマナが必要になると思うの? その反動は排マナだけでは逃がせないはずよ」
「……」
「南くんがいつも眠いのは暑い異人街でアイスキネシスを使うからだと思うの。せめて夜か雨の日だよ。その点、私のパイロキネシスは暑ければ暑いほど楽だもの」
優等生の華恋が腰に手を当てて言い放つ。南はぐうの音も出ない。南の倦怠感は日頃の不摂生が原因ではなく、異能の反動によるものであった。
「……面倒だナ。二人とも殺すカ。人が来る前にやるゾ」
三人組の男が程よい距離にばらける。標的を攻撃するにあたって互いに邪魔にならない絶妙な距離である。
「……分かったよ」
南は後ろに下がった。華恋はA級ギフターとして先輩である。南の役目は火事になったらブリザードを吹かせることくらいだろう。
リーダー格の男がナイフを握って華恋に突進した。華恋は腰に手を当てたポーズのままである。
「殺ス!」
男のナイフが華恋の腹部に刺さったと思われた瞬間――、男と華恋の間でボッと炎が揺らめいた。
「……なんダ?」
ボボボッと乾いた音が響きわたり、華恋の周囲に、はためくマントのような炎が出現する。
「お、おい! 大丈夫カ! アンゲス!」
遠巻きにしていた男の仲間が叫び声を上げた。生物は本能的に火を恐れるものである。アンゲスと呼ばれた男は手元のナイフの異変に気が付いた。
「あ、アレ? オレのナイフが……!」
華恋の炎によりナイフの刃が溶けていた。アンゲスの顔が恐怖で歪んだ。
「う、うわ!」
その時、華恋を包んでいた炎が一気に燃え上がった。紅蓮の炎が華恋の笑顔を照らし、髪を赤く染める。
炎は更に拡大し、アンゲスの服に燃え移った。ゴォォ! と激しく燃える炎と吹き抜ける高温の風が暴漢を威嚇する。後ろの暴漢二人は悲鳴を上げて逃げていった。
アンゲスが地面に倒れ込み、火を消そうと身体をくねらせて、何やら叫んでいる。南は後ろでその様子を見ていた。
(一瞬で鉄を溶かすパイロか……。千度は超えてる。【火鳥】の名は飾りではないね)
華恋は笑顔で振り返り、南にピースサインを送る。サムネイルに飾りたいレベルのドヤ顔であった。足下ではアンゲスが悲鳴を上げている。
南はアンゲスに近付き屈むと、氷のように冷めた視線を向ける。そして転げ回っているアンゲスに声を掛けた。
「……おじさん。燃えているのは服だけだって気が付かないの?」
「へ?」
華恋がパンッと手を合わせると、フッ……と炎が消えた。
「え? アレ? な、なんデ?」
派手に燃えているように見えたが、実際には白いシャツが焦げただけであった。華恋は満面の笑みでアンゲスを見下ろした。
「アンゲスさん。こういうことはもう止めてくださいね? 次は燃しますよ! えへへ」
天使の笑顔で華恋がそう言うと、アンゲスは顔を真っ青にして叫んだ。
「う、うわぁあ! モンスターだ……!」
アンゲスは何度も振り返りながら逃げ、その姿は見えなくなった。無様の一言に尽きる。
「どう? 私だって南くんのお役に立てるんだよ」
あれだけ派手に燃えていたが、辺りのテントや給水タンク、草木は焦げてすらいない。完全に炎をコントロールできている。火消しのブリザードの出番は皆無であった。
「……ふう」
「どうしたの? 南くん」
「パイロって良いよね。低温には絶対零度って限界があるけど、高温には上限ないから……」
南は目を逸らしブツブツと不満を言っている。華恋はきょとんとした後、思わず笑ってしまった。
「あはは! 自信持って南くん。絶対零度はアイス系の極致。それができる異人は滅多にいないもの」
華恋は拗ねている南を励ますが、笑いは止められない。南は頭を掻きながら答える。
「……まあいいや。分かったよ。もう行こうよ。ここは暑いし。喉が渇いた」
南は運営事務所の方角へ足を向けた。華恋はその後ろ姿を笑顔で見詰める。そして声を掛けた。
「南くん、知ってる? 朱雀って南の方角を守る守護神なんだよ。縁起良いでしょ?」
その発言に振り返ると、朱雀華恋が胸を張って立っていた。パイロの能力者は大抵情熱的である。
「……あっそ」
そして、アクア、アイスの能力者は大抵クールである。南は素っ気なく答えると、そのまま歩いて行ってしまった。
華恋はちらっと自分の後方を見る。当然のことながらチェンの姿は無い。視界に入るのは沢山のゴミと有刺鉄線だけである。
(あの男の子……どこに行っちゃったのかな)
華恋は数秒静止したが、すぐに切り替えて南の後を追ったのである。