第五十九話 難民キャンプの情報屋
カリス狙撃事件から約一ヶ月前、チェンはストレンジャー斡旋の案件を受けていた。協会に所属する能力者は協会側に情報が筒抜けになるが、無所属のストレンジャーにそのリスクは無いので、反社組織に需要があった。
「さて、マキシムラインでは収穫なかったし、難民キャンプへ行くか」
チェンは荒川第一難民キャンプへ足を向けた。広大な第一級河川の周辺は難民キャンプとなっている。警備員はいるが、賄賂次第でどうとでもなった。
難民キャンプの中は、DMDを始めとする麻薬密売や、武器取引、売春等が横行し、治安が悪い。特に女性や子供は一人でトイレに行くことを推奨されていなかった。
キャンプ内に市場や飲食店があり金があれば生活には困らないが、難民のリーダーが利権をむさぼり、貧富の差が拡大している。チェンは警備員に賄賂を渡し、難民キャンプの中へ入った。異人と普通人は秘めているマナ量やマナの流れで見分けられる。
「うーん。手練れほどマナを誤魔化すからな。マナの量だけでは見極められないこともあるんだけど……」
キャンプ内にも情報屋は存在する。チェンはラリーンという女性を探した。淫売の傍ら、情報を仕入れ売っているのだ。年齢は三十代半ばで美しい女性である。
「ラリーンのテントに行くか。男を引き込んでいないといいけど」
時間は午後二時頃である。夜に働く彼女は昼間寝ているかもしれない。チェンはテントの外から声を掛けた。
「ラリーン。起きてる? チェンだ」
程なくして返事があり、テントが開いた。
「あら、チェン! 久しぶりだねー。元気だった? 入って入って」
広くはないテントだが、中は奇麗に整頓されている。毛布の中で小さい子供が二人寝ていた。ラリーンはシングルマザーだ。彼女は子供を養うために身を削って生きているが、その表情に悲壮感は無い。
「久しぶり。あ、これは差し入れだよ」
チェンはコンビニで買った菓子パンとカップ麺を渡した。こういったものはキャンプ内では高値で取引される。食べてもいいし、現金が必要なら売ってもいい。
「ありがとー。チェン! サービスしよかー?」
ラリーンが抱きついてきた。魅惑的な香水の香りが脳を麻痺させる。
「うわ! いいって! そっちは間に合ってる! 僕が欲しいのは情報だ!」
チェンはラリーンを回避すると、チップを渡した。
「ストレンジャーの情報が欲しいんだ。龍王が戦力になる異人を欲しがっていてね。五人集めなきゃいけない」
ラリーンは心配そうな表情を浮かべた。
「龍王ってヤバイ組織じゃない。あまり関わらない方がいいよ」
チェンはけらけらと笑った。
「直取引じゃないから。間にブローカーの吉田さんが入ってる。僕は顔を合わせないから大丈夫だよ」
ラリーンは十歳のチェンを息子のように思っていた。チェンは有能だが、まだ子供である。ちょっとしたトラブルで命を落とすこともあるだろう。ラリーンは戸惑いながらも口を開いた。情報屋としての職務を全うする。
「じゃあ大丈夫かな。ストレンジャーいるよ。年齢はチェンより少し上」
「へぇ? 若いストレンジャーなんだ。どこの国の人?」
数秒の沈黙後、ラリーンは答えた。
「……サルティ連邦共和国」
「え?」
その国名にチェンは過剰に反応した。先程までの笑顔が消えて、重い沈黙が流れる。チェンの顔が険しい。ラリーンが沈黙を破った。
「チェンの祖国だよね」
チェンはサルティ連邦共和国出身である。同郷の異人がこのキャンプ内にいるらしい。チェンの心拍数が上がっていく。
「どこの村の人?」
「……サガ村」
「まさか……?」
「そう。『サガの大虐殺』の生き残り」
「……」
ラリーンはチェンの瞳に僅かな炎が灯ったのを見逃さなかった。言葉を選んで慎重に話を続ける。
「サガ村だけじゃない。その周辺の村の人達もこのキャンプ内にいる。虐殺から三年間……各国を転々としてきたみたい……地獄を見てきた子供達」
「……そうか」
「絶望した分だけ……強力な異能が発現するって聞く。それは諸刃の剣、とても危険よ」
「ラリーン、案内してくれ。お願いだ」
チェンは真っ直ぐラリーンを見た。その表情はいつものチェンに戻っていた。
「はぁ、分かったよ。あの子達、早番で仕事してるから、そろそろ帰ってくるかな」
チェンとラリーンはテントを出ると、サルティ連邦共和国から逃げてきた難民のテントへ向かったのである。
【参照】
ストレンジャーのスカウト案件→第十三話 密航ブローカーの子供
サガの大虐殺→第四十九話 誓いの炎