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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第五十八話 龍の器

 川成は東銀に並ぶ異人街である。ゲリラ豪雨が降る度に浸水する地域が存在することで有名だ。居住空間は低階層ではなく、徐々に中高層ビル群や地下都市に移っている。


 川成駅から二十分ほど南下した場所に、今は稼働していない工場が建っている。そこは中国系反社組織[龍尾(ドラゴンテイル)]の拠点の一つとなっている。


 工場の隅に大きなソファーベッドが置いてあり、赤い龍袍りゅうほうを纏った女性が座っていた。龍袍とは龍の文様が刺繍されたローブであり、その昔、皇帝が着用していたと言われている。


 女性は黒い髪を結って豪華な髪飾りを付けている。切れ長の大きな目には品があり、額の十字架のタトゥーが目を引く。年齢は不明だが、身長や体型は子供である。


 彼女の名前はリーシャという。常に微笑を浮かべていて余裕を感じさせる。それは彼女の強力な異能が根拠となっていた。


「龍王との抗争が近いようですね……兄上」


 誰もいない工場内でリーシャは呟いた。リーシャの兄は敵対している龍王のリーダーだ。元々龍王との関係は悪かったが、先月の異人喫茶の事件で更に悪化している。


 その時、工場内に人が入ってきた。シンユーである。先日のアルティメット・ディアーナとの取引時に襲撃され軽傷を負っている。所々に包帯が巻かれていた。


「失礼します。シンユーです」


「シンユー。怪我はどうですか?」


「頭領。お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」


 シンユーは手を後ろに組んだまま、大きく礼をした。彼が左頬に入れている十字架のタトゥーはリーシャへの忠誠の証だ。


「そうですか。それは良かった」


 リーシャは龍尾の頭領である。異人街で最大規模を誇る異人組織のトップなのだ。彼女はぴんと背筋を伸ばすとシンユーの目を見据えた。シンユーは思わず緊張する。


火龍(コアトリクエ)】と呼ばれるリーシャが秘めるマナ量は底が知れない。生み出す炎の規模が大きいため、二次災害を防ぐ目的で水没する川成を拠点としているのだ。


 リーシャは一宮で名高い【雷火(フルゴラ)】に匹敵する異人だと評されている。


「シンユー、そこへ」


「……あ、はい。失礼します」


 シンユーはリーシャが指差した椅子へ座った。正面からリーシャの視線を受け止める。正に蛇に睨まれた蛙である。


「ハオランから聞きました。アルティメット・ディアーナとの取引時に襲撃を受けたことを。……あなたは油断をしてチームを危険にさらしたそうですね」


 リーシャは微笑みを浮かべたまま人を殺せる冷酷な一面を持っている。返答を誤ればシンユーは制裁される可能性もあった。


「返す言葉もありません。相手が子供だから躊躇しました。処分はお任せします」


 シンユーは席を立つと、リーシャの前で跪く。そして頭に巻いていた黄色いバンダナを外す。


 リーシャはシンユーのタトゥーに目をやった。それが自分への忠誠だと理解している。


「あなたは確か……月の家出身でしたね。子供に同情しましたか?」


「……処分を」


 リーシャは笑顔でシンユーを見下ろしている。シンユーには数秒の沈黙が数時間に感じられた。シンユーが口を開いた。


「頭領」


「何か?」


「俺には親はいませんが、龍尾を家族だと思っています。ここが俺の居場所です。……二度と家族を危険にさらすことはありません。リーシャ様に誓います」


 シンユーは顔を上げて真っ直ぐリーシャの顔を見た。リーシャは笑顔でそれを受け止める。


「あなたにはまだ人の心が残っています。それを大事にしてください」


「え? あ、はい! いや、でも……。でもですね……」


 リーシャは戸惑うシンユーの態度にくすりと笑った。


「ハオランを含め、幹部の五天龍は心が欠落しています。……そう、兄上も」


「……龍王ですか。頭領は俺がお守りします。ご安心ください」


「ふふ。頼りにしていますよ。シンユー」


「はい」


 シンユーは立ち上がった。午後には東銀へ戻る必要がある。DMD取引でソジュンの警護を務めるのだ。


「そう言えばシンユー。電拳のシュウは元気でしょうか」


「頭領の命令に従って様子を見ています。危ない所を歩いていたら追い払ったり、絡まれていたらフォロー入れたり……保護者の気分ですよ。異人喫茶の事件の時、協会と警察にあいつのことは言いませんでした」


 リーシャは可笑しそうにシンユーの報告を聞いている。


「あいつ馬鹿なんでトラブルに巻き込まれるんです。『調子に乗るな』と言っても通じないんですよ、馬鹿だから。むかつくんで喧嘩もしますよ。大目に見ていただけると幸いです」


「あなたは月の家、シュウは星の家でしたね。交流もあったでしょう?」


「ただの腐れ縁ですよ。同期ですし。あいつの妹が不憫でなりません」


 リーシャはシンユーとシュウの関係を知っている。硬拳と電拳は異人街でも何かと比較されるのだ。


「電拳のシュウは蛇の民の関係者です。異人街でそれを知っているのは金蛇のランくらいだと思っていましたが……」


「先月、協会のギフターとやり合ったらしいです。奴の素性がばれるのは時間の問題かもしれませんね。まあ俺は奴が龍の器とは思えませんが」


「彼が東銀で便利屋を始めた頃から、こうなる予想はしていましたよ。……シンユー。引き続き監視を続けてください」


「はい。承知しました。……あ、頭領。今夜は雨なので上の階へ移動していただけますか。昼食の準備もできています」


 シンユーは右手で上階を指した。リーシャは笑顔を崩し、不満そうな顔を見せる。


「えー、またですか。我ながら面倒な場所に拠点を造ってしまった……と反省しています。はい」


 彼女の年齢は不明だが、外見は中学生のように見える。先程まで放っていた威圧はどこにも感じられなかった。

【参照】

シュウとの喧嘩→第二十話 電拳と硬拳

異人喫茶の事件→第三十話 鬼火の後藤

ギフターとやり合った→第四十五話 絶対零度

アルティメット・ディアーナ襲撃→第五十二話 ファイブソウルズ

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