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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第五十五話 水門の姫

 雨夜は季節限定の抹茶プリンを頬張っている。


「美味しいです」


 そう言う顔は無表情だが、恐らく喜んでくれている。大して甘い物が好きではないシュウはブラックコーヒーを飲みながら雨夜の顔を眺めていた。


「もう片方の話はなんなの?」


 シュウの問いかけに雨夜ははっとした。軽く咳き込み問いに答える。


「失礼しました。むしろこちらの方が本題です。シュウさん。水門重工が福祉事業所を運営していることはご存じでしょう」


「ああ、この異人自由学園もそうだよな」


「ええ。高齢者福祉、児童福祉、障害福祉、そして異人福祉。特に異人の保護には尽力しています。それが水門の使命です」


 雨夜はオレンジジュースを一口飲むと話を続ける。


「先日、弊社管轄の児童養護施設に爆発物が届けられたのです。その宅配物は開けられずに事務所へ置かれていたのですが、時間差で爆発しました。事務所は半壊し、職員が重傷を負いました」


 雨夜の表情は硬い。確かに話の内容が物騒である。


「ああ、何かニュースでやってた。お前んとこの施設だったのか。利用者に被害が出なくて幸いだったな」


「ええ。最初は警察が介入していましたが、捜査権は協会へ移りました。勿論、警察も捜査を続行していますが……」


「え? 異人事件なのか?」


 特殊能力者協会は政府から異人事件を委託されている。異能を使う異人は、普通人の警察では手に余るからである。


「郵便受けに手紙が入っていたのです。書いてあったのは犯人グループの名前だけでしたが……」


「へぇ、何て組織?」


「……五魂、ファイブソウルズ」


「知らねぇな」


「でしょうね」


「何だ? でしょうねって。俺が馬鹿だって言いたいのか。お前ちょっと勉強ができるからって……」


 雨夜はシュウの反論を制止して話を続ける。


「ファイブソウルズは自爆テロ組織です。戦災孤児に爆弾を身に付けさせ、ターゲットに接近、そして自爆する。子供を利用した卑劣な犯行です」


「……子供を?」


 シュウとリンは孤児である。子供が犯罪に巻き込まれることを心底嫌う。雨夜はシュウの鋭い眼光を正面から受け止める。


「ファイブソウルズのルーツは不明ですが、アメリカをターゲットに犯行を繰り返していました。それが最近日本の……異人街へ潜伏しているらしいのです。この件に関しては協会と警察が捜査をしています」


「ああ、そう言えば東銀でパトカーと黒服が増えたよな。……ん? 日本が標的にされてるってのか? 何でだよ」


「分かりません。日本がアメリカの同盟国だからかもしれませんね。異人街は政治的にも複雑な場所ですから何かあるのかもしれません。自爆は一見すると無差別のように思えるのですが、何か信念があるように思えてならないのです」


 シュウは疑問を口にした。


「標的は本当に日本か?」


 唐突な質問に雨夜は眉をひそめる。


「どういうことですか?」


「お前等、水門重工が標的って可能性はないのか?」


「……あり得ません! 我々は日本に……! 世界に貢献しています! 悪いのはテロ組織の方でしょう! 犯罪者なんですから! しかも子供を使うなんて……!」


 普段冷静な雨夜が珍しく取り乱す。その表情には不快感が浮かんでいる。雨夜は善悪に執着する傾向があった。シュウは溜息をつく。


「分かった! 分かったよ。……で? 結局、俺に何が言いたいんだ?」


 雨夜はプリンを食べて無言を挟んだ。コーヒーカップをソーサーに置く音が静かなテラスに響く。数秒の沈黙後、雨夜が口を開いた。


「……手伝ってください」


「ん?」


「シュウさん。調査を手伝ってください。正式に水門重工から便利屋金蚊へ依頼いたします」


 突然の言葉にシュウは慌てた。


「はぁ? 協会か警察へ行けよ。金蛇警備でもいい。金蚊うちには爆弾の専門知識なんてねぇよ!」


 便利屋金蚊は開業して一年ちょっとの弱小規模である。国際テロ組織を相手に力を発揮できるとは思えなかった。


「ファイブソウルズはテロ組織です。何か明確な目的があるはずです。世界へ訴えたい何かが」


「そりゃそうだろ。だから大手に頼んだ方がいいって! うちみたいな弱小じゃ何もできねーって!」


「弱小だからこそです」


 雨夜は冷静に答える。


「あなた達には政治的しがらみがありません。異人街を自由に動ける」


「う……」


「そして雷火の愛弟子、電拳のシュウ。あなたは強いです」


「そ、そうか?」


「シュウさん。こうしている間にも子供が犯罪に巻き込まれています。その力を貸してください」


 雨夜は自分の右手を、そっとシュウの手に重ねる。視線はシュウの瞳を捉えたまま離さない。気が強そうな大きい目である。先にシュウが目を逸らした。


「はぁ~! 分かったよ! でも高くつくぞ?」


「構いませんよ。私、資金は潤沢にありますので」


 雨夜は笑みを浮かべた。


「そう言えばシュウさん。最近、チェンさんとお会いになりましたか?」


 雨夜の口から意外な人物の名前が出た。


「いや、そう言えば最近会ってないな。あいつ情報屋だし忙しいんじゃねぇの」


「そうですか。チェンさんは異人街の事情に詳しいですから、何かを知っていると思ったのですが。……それに、あの方には私と近しいものを感じますの」


「ん? ああ、似ているかもな。歳も近いか」


 チェンも年齢の割には頭が良い。いや、天才と言っていいだろう。確かに雨夜との共通点は多かった。


 チェンは表向き情報屋だが、裏では法律すれすれ、もしくは違反していることも多い。シュウとチェンは持ちつ持たれつの関係なので、それに対して何も言わない。


「チェンさんは情報屋以外にも色々とやられているようですが、水門重工はそのことに干渉はしませんよ。ご安心ください」


「あ、きったねー。おいおい、チェンを人質にするなよ!」


「なんのことでしょう?」


 雨夜は含みのある笑みを浮かべている。とても小学生には見えない。


(チェンの名前を出すとはね。雨夜……お前本気だな)


 精神的に潔癖症の雨夜が異人街の裏側へアクセスしようとしている。シュウはある種の覚悟を感じ取った。


(雨夜は水門の姫。言うなれば、水門の看板……水門の象徴か)


 シュウの胸中に一抹の不安が芽生えた。


「……雨夜さ」


「ふぁい?」


 雨夜はプリンが口に入った状態で返事をする。年相応の無邪気な様子にシュウは口に出そうとした言葉を飲み込む。


「いや、何でもねぇ」


 煮え切らないシュウの態度に、雨夜はきょとんとしている。


(テロの標的。まさかな……)


 この時のシュウは知る由もなかった。その一抹の不安がこれから始まる凄惨な事件へ繋がっていくことを――。

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