第五十四話 もう一人その場にいませんでしたか
異人自由学園が運営しているカフェは木目を基調とした落ち着いた雰囲気である。テラス席にはグリーンのパラソルが三つほど並んでいた。
「雨夜、プリンの前にカレー食うか? 俺が作ったけど」
「シュウさんの手作りですか。それではいただきます。あ、辛いのは苦手なのですが……」
「大丈夫だ。子供向けに作ってあるから」
「子供扱いはやめてください! 身体の成長は追いついていませんが、精神は大人ですから!」
普段、冷静で無表情な雨夜だが、若干不機嫌になっているように見える。シュウは苦笑した。どう見ても小学生が拗ねているようにしか見えないからだ。
しかし、異人の子供の知能は普通人と比べると高いとされている。それがマナの恩恵なのか詳細は不明だが、異人から天才児が多数輩出している現実がある。雨夜はその最たる例であった。
「……で、俺に話ってなんだ?」
雨夜は少し悩んで、シュウの目を見詰めた。
「二つあります。あなたに関係のある話とない話。どちらから聞きますか?」
「ある話から頼む」
「分かりました。……先月ですが、雨蛇町で季節外れの雪が降ったことはご存じだと思います。弊社はあの雪をギフターの異能によるものだと結論づけました」
「……」
雨夜はシュウの変化を見逃さなかった。先刻までの笑顔が消えている。シュウは嘘が苦手だと雨夜は知っていた。
「雪を降らせるレベルの異人を特定することは難しくありません。恐らく協会に所属するギフター、絶対零度の黒川南さんでしょう。使用した異能は<広域凍結能力>」
カレーを食べるシュウの手が止まった。雨夜は話を続ける。
「黒川家は高原家の分家にあたります。我々の先祖は偉大な巫女だったそうです。高原家はアクア系と精神感応系、黒川家はアクア系と稀にアイス系の異能が発現します」
雨夜はカレーに手をつけずに話を続ける。
「あの夜の雨蛇公園では、協会、アルテミシア騎士団、金蛇警備の異能訓練が行われていたそうです。映像には残っていません。夜間だったので目撃情報も少ないです」
明らかにシュウの雰囲気が変わった。雨夜の中の仮説が真実味を帯びてくる。
「森の中で大きな雷を見たという人がいました。恐らく……それは雷火の<放電>。絶対的な破壊力を誇る無慈悲な電弧」
雨夜はシュウの反応を観察しながら話を進める。
「アークとニブルヘイム……。訓練の域を超えています。死人が出ても不思議ではありません。私はあの夜の出来事は訓練ではなく事件だったと考えています」
「……」
「各組織の報告に疑問を持った私は現場でサイコメトリーを行いました。大した情報を得られませんでしたが一つ収穫がありました。そのイメージの中に『蛇のマナ』を視た。……電拳のシュウ、あなたのマナです」
雨夜とシュウの視線が交差する。
「シュウさん。あなた、あの夜、雨蛇公園にいたのではないですか?」
雨夜は追及を続ける。
「そうなるとあなたがあの現場にいた『理由』が必要になります」
シュウは無表情である。感情が読めない。
「シュウさん。あの夜……もう一人その場にいませんでしたか?」
長い沈黙が流れ、園庭の喧噪が遠のいていく。雨夜は空気が重くなっていくのを感じていた。
シュウが重い口を開く。
「……悪い。俺は何も言えないんだ」
雨夜の想定通りの返答だった。シュウは言葉を続ける。
「ただ……俺は……まだまだ弱い。……決して忘れることはないと思う。いや。忘れちゃいけない。……いけないんだ」
シュウの瞳に雨夜は映っていなかった。彼は虚空を見詰め、何かを自分に言い聞かせているように見えた。
「……そうですか。分かりました。この話は終わりです」
雨夜とシュウの付き合いは短くない。シュウの態度から何かを察し、それ以上の言及は避けた。そしてカレーを一口食べる。
「カレー……美味しいですけど。ちょっと辛いです」
「お前なぁ。園児でも余裕で食べるよ、そのくらい! やっぱお子様じゃん」
「そ、そうですか……? まあ異人街には辛い料理が多いですから、耐性があるのかもしれませんね」
雨夜は頬を赤らめて小さい舌を出す。その様子は年相応に見えた。