第五十三話 便利屋の少年と大企業の令嬢
その日、水門重工が運営する異人自由学園では月の家と合同でカレーパーティーを開催していた。これは孤児や実家に帰れない子供達の交流であり、子ども食堂も兼ねている。広い園庭でカレーを作り、参加者に振る舞うのだ。
シュウとリンはボランティアでイベントに参加していた。シュウは持ち前の明るさから児童に懐かれている。
「おい! お前等―! テレキネ使ってんじゃねぇよ! 一般の方が驚くだろうが!」
シュウは<テレキネシス>でサッカーボールを浮かせている少年達に注意している。隣ではリンが大鍋のカレーをかき混ぜていた。
少年達がシュウの傍へ駆け寄ってくる。彼等は氷川南中学校に通う学生だ。
「シュウ兄! だって健太がテレキネ勝負しようって言ってくるからさ! あいつ彼女いるからって格好つけようとしてんだ! ジャスミンちゃんって超可愛い……」
頬に絆創膏を貼った少年が満面の笑顔で報告してくる。シュウはその少年の頭を叩いた。
「……いったー! 何すんだよ! シュウ兄! ぎゃくたいすんなよなー」
「うるせぇ! 授業以外で異能使うなって言ってんだ! セドリックこんにゃろう」
「なんだよー。俺だってここを出て便利屋やりたいんだ!」
セドリックは頭を抱えて頬を膨らませている。リンの中で、生意気なセドリックが昔のシュウの姿と重なった。
「焦ってはいけませんよ、セドリック。兄さんは沢山努力をして金蚊をオープンしたのです」
「分かってるよ、リン姉……。あーあ、俺もシュウ兄と同じエレキが良かったなぁ~。テレキネはレアじゃないしさぁ」
シュウは電気を操るエレキキネシスを使うエレメンターである。異人街でその異能を使うのはシュウ以外には金蛇のランしかいない。リンは拗ねているセドリックの頭を優しく撫でた。
「シュウ兄は氷川南中学校で伝説になってるんだよ。三年前の氷川四中抗争で南中を勝利に導いたって。俺もシュウ兄みたいな伝説残したいなぁ」
セドリックが目を輝かせてシュウを見ている。シュウは顔を引きつらせた。中学時代は名の知れた不良で悪いことをたくさんした。黒歴史である。シュウは話を逸らした。
「ほら、極上カレーだ! これ食って大きくなれよ! 皆も呼んでこい! カレーできたからって!」
「うん! おーい! 健太ぁ! ジャスミンちゃん! みんなぁー!」
シュウは走って行くセドリック達の背中を笑顔で見送った。昔の自分を思い出す。シュウは大の子供好きだった。
「やあ、久しぶりですね」
シュウとリンは背後から声を掛けられた。声の主は星の家施設長である。
「久保田さん! お久しぶりっす!」
久保田は四十代後半の男性だ。いつも優しい笑顔を浮かべていて、彼が怒った姿を誰も見たことが無い。シュウとリンは久保田を父親のように慕っていた。ちなみに久保田とランは旧知の間柄である。
「ええ。水門重工の高原様がおいででしたからね」
久保田の言葉にシュウは金色の目を大きくした。
「水門のお姫様が来てるのか? じゃあ挨拶でもしておくかな」
シュウは面倒くさそうに欠伸をした。久保田は「やれやれ」と苦笑を浮かべる。その時、聞き慣れた少女の声が挨拶をした。
「シュウさん、リンさん。こんにちは」
久保田の背後から、高原雨夜と従者の源が姿を現した。
「おう、雨夜! 久しぶり。源さんも! 視察ご苦労さん」
シュウのあっけらかんとした態度にも源は笑顔を崩さない。
「シュウ様、リン様。お元気そうで何よりです。お店も順調そうですね。SNS拝見していますよ。フィル様とお会いになったとか」
「ああ、フィルのおっさんがうちを宣伝してくれたお陰で助かっているんだ」
リンはシュウの袖を引っ張った。その顔は赤い。
「……兄さん! 無礼な言い方はお控えください。もう、恥ずかしい……」
「ん? そうか? 悪いな」
シュウの反応にリンは溜息をつき、他の顔ぶれは笑顔である。シュウに悪意が無いことはその場にいる皆が承知していた。雨夜は一歩前へ出てシュウに話し掛けた。
「シュウさん。少々お時間よろしいでしょうか。二人で話したいのです」
基本的に雨夜は感情を出さない。施設に入所している子供と似たような年齢だが、いつも冷静で取り乱すことはない。水門重工の使命を背負っている責任感があるからだ。
「ああ、いいよ。じゃあ施設がやっている喫茶店でも行こうか」
シュウは身に付けていたエプロンを外した。雨夜は軽く会釈をし、隣にいるリンを気遣った。
「リンさん。少しの間、お兄さんをお借りしますね。すぐに戻りますから」
「はい、分かりました」
雨夜は源の方に視線を向ける。
「源さん、シュウさんの代わりにカレーを提供してください」
「承知しました、雨夜様。行ってらっしゃいませ。シュウ様、雨夜様をお願いいたします」
シュウは笑顔で親指を立てる。久保田がシュウの背中に言った。
「シュウくん。今の時期は抹茶プリンがオススメですよ」
「そうだっけ? だってさ、雨夜。プリン食うか? 奢ってやるぞ」
「そうですね。いただきましょう」
冴えない雨夜の表情が少し明るくなった。大抵の女子はスイーツが好きだ。心なしかツインテールが踊っているように見えた。
【参照】
フィルのSNS→第十話 来訪者
ランについて→第十八話 シュウの師匠
雨夜について→第五十話 水門重工