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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第三章 ファイブソウルズ ――旧市街抗争編・龍尾vs龍王――
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第五十二話 ファイブソウルズ

 龍尾とアルティメット・ディアーナの取引が終わったと思われたその時、二階の通路に複数の気配を感じた。微かに空気が振動し、マナが流れていく。


「誰ですか!」


 アレンが叫び、上を見た瞬間、隅に駐めていたワゴン車が爆発した。凄まじい轟音が鳴り響き、鉄の残骸が弾け飛ぶ。


「なんだぁ! 襲撃か?」


 ハオランが車の方へ視線を向けた時、もう一台の車が爆発した。中の運転手は即死だろう。


「兄貴は俺達の後ろに!」


 シンユーとソジュン、その他の龍尾の構成員でハオランを囲む。


「スカーレット! 二階の通路に誰かいます! 捕らえてください!」


 アレンはメンバーに戦闘の指示を出した。しかし、工場内は黒煙が立ちこめ視界が悪い。敵のマナを感じるが、姿は見えない。


――すると、煙の中から人が飛び降りてきた。ブラウンの長袖ポンチョが爆風で揺れている。フードで顔は見えない。三名の侵入者がハオランとアレンに襲いかかる。


「おい、ソジュン! 俺が出るからフォローしろ!」


 シンユーは中国武術の達人である。異能は<硬気功>だ。マナで身体を硬化させ、攻防一体の技を繰り出す。


「分かった! シンユー! 援護する」


 遠距離を得意とするソジュンはシンユーのフォローに回る。シンユーは侵入者と対峙した。しかし敵は小さい。


「なんだこいつ! 子供か! ふざけやがって!」


 シンユーはシュウと同様に孤児である。子供には手を出さない主義だが、ハオランに危険が迫っている。本気で戦うしかない。


 残りの侵入者はアルティメット・ディアーナと対峙していた。敵に共通しているのは子供であることだった。


「アレン様を守れ! 異能の使用を許可する!」


 突然の襲撃に対してスカーレットは冷静だった。しかしそれと同時に困惑していた。


――子供が放つ殺気ではない。


 シンユーは敵に硬化した拳を打ち込んだ。肋骨が砕ける鈍い感触を感じる。子供には致命傷だ。


「ちぃ! バカ野郎が!」


 敵が数メートル吹き飛んだ。シンユーは後味の悪さを感じ、顔を歪めている。ソジュンは倒れている敵に右手を向けている。カウンターを迎撃するためだ。


 アルティメット・ディアーナを襲った敵も制圧されていた。殺気は凄まじいが体術は未熟である。その様子を見てハオランは怒鳴った。


「このガキたちは何だ! アレンさんよ! 尾行されてたんじゃねぇのか? てめぇらのミスだろ! 運転手が死んだぞ! こらぁ!」


 アレンは首を横に振った。


「……いえ。そのようなミスはしません。事前に情報が漏れていたとしか考えられません」


 ソジュンは右手を構えながら、アレンの懸念に答える。


「私どもにそのような不手際はありません」


「……まあ、いい! こいつら拷問しろ! 親玉吐かせて殺せ!」


 ハオランは不機嫌そうに吐き捨てた。シンユーは倒れている子供と距離を詰める。捕らえるためだ。


 すると、子供はゆらりと立ち上がり、被っていたフードを脱いだ。


「……」


――敵は十歳に満たない女の子だった。黒髪と褐色肌からアジア系の移民であることは分かる。


 スカーレットが取り抑えた二人の侵入者のフードを脱がすと、少女と同じくらいの年齢の子供である。黒髪の男の子だ。顔が似ている。兄弟かもしれない。


「……何故、こんな子供が?」


 スカーレットは息を呑んだ。ここまで若いとは思わなかったのである。


「ちっ」


 シンユーは思わず狼狽えた。施設の子供と姿が重なる。


 少女は痩せており、瞳に生気は宿っていなかった。無機質に虚空を見詰めている。口から血が滴り落ちていた。


「……おい、動くなよ?」


 シンユーは慎重に手を伸ばす。ハオランを怒らせたら逃がせない。なら拷問はせず、一瞬で始末しようと考えた。苦しませずに一瞬で首を折る――。


 無表情だった少女は静かに微笑んだ。虚無と信念、相反する感情が入り交じった表情――そして――。


「シンユー! 油断するなぁ! その子は異人だぞ!」


 ソジュンが叫ぶ。


「あ? 何だよ、死にかけだぞ?」


 シンユーは一瞬女の子から目を逸らした。致命的な油断である。


 次の瞬間――、少女は微笑みながら自爆した。


 激しい爆音がとどろき、爆炎が生き物のように膨張する。空気が震撼し、凄まじい熱が放出される。シンユーは咄嗟に硬気功で身を守るが、死を覚悟した。


 ソジュンはシンユーに右手をかざし、目映いマナを放出した。するとシンユーの周りにマナ壁が生成され、爆風から防いだ。


 その自爆に呼応するように、スカーレット達に取り抑えられた残り二人の少年にマナが集約されていく。マナの流れに気が付いたアレンはスカーレットへ叫んだ。


「スカーレット! その少年達も自爆するかもしれません! すぐに殺してください!」


 スカーレットは一瞬躊躇した。祖国にいる弟と同じくらいの年齢だ。背徳感に手が震える。致命的な油断。少年兵のマナが弾けようとしていた。


(しまった……! アレン様! ……すいません!)


 その時、漆黒の大きい影が一瞬で間を詰めてきた。その影は静かに呟いた。


「おいおい、赤毛の姉ちゃん。お前馬鹿だろ?」


 野獣のようなマナを身に纏ったハオランである。


 ハオランはマナで強化した手刀で、二人の少年の首を軽く刎ねた。正に一瞬である。スカーレットの目の前で鮮血が飛び散った。少年達の身体が力なく崩れ落ちる。


「あーあ、きったね! 高いスーツが! ソジュン、血を拭いてくれ」


 ソジュンはハオランに駆け寄り、ハンカチで血を拭く。マナ壁に守られたシンユーもハオランの方へ歩いてくる。


 スカーレットはハオランに向けて叫んだ。目には涙を溜めている。


「あなた! 子供に何てことを!」


 少年の血を被ったスカーレットは美しい顔を歪めている。アレンがスカーレットとハオランの間に入る。冷静にスカーレットを制した。


「やめなさい、スカーレット。ただの子供ではありません。自爆テロ犯です」


 アレンに動揺は見られない。そしてハオランの方へ向き直ると、笑顔で礼を言った。


「ハオラン様。ありがとうございました。危ないところでしたよ。さすがは頭領の右腕ですね」


「がはは! 気持ちの良い花火だったなぁ! これは貸しだぞ! アレン殿」


 ハオランは豪快に笑い、スカーレットを一瞥した。そして警告する。


「姉ちゃんさぁ、この仕事向いてねぇな。シスターに転職しろよ。それとも風俗でも紹介しようか? あぁ?」


「……く」


 スカーレットは何も言い返せない。悔しそうにハオランを睨み付けた。軽傷を負ったシンユーはハオランに背後から声を掛ける。


「……兄貴、無事ですか?」


「おい! シンユー! お前の悪い癖が出たぞ! ペナルティだ! 今から車持って来い!」


「は、はい。お前等! 協会が来る前に車を手配しろ!」


 シンユーと龍尾のメンバーは駆け足で工場を出て行った。ハオランはアレンに声を掛ける。


「んじゃ、俺等も行きますわ! アレン殿!」


 ハオランとソジュンは工場を去って行った。工場内にはアルティメット・ディアーナが残される。燃えている車が辺りを明るく照らしていた。


 アレンは床に転がっている首が無い死体を見下ろす。自爆前に命を絶ったため、排マナが溢れ出している。それは子供が有するマナの量を大幅に超えていた。死を覚悟した強い信念を感じさせる。


(この少年兵は……恐らく今アメリカで活動しているテロ組織。でもこのタイミング……気になりますね)


 アレンは冷静に指示を出した。


「この爆発で、協会のギフターが来るかもしれません。速やかに撤退しましょう」


 アレンを先頭に廃工場が建ち並ぶ細い道を歩いて行く。龍尾から受け取った金は無事である。運転手を失うトラブルはあったが取引は終わった。


 スカーレットがアレンの背中へ気まずそうに謝罪した。


「アレン様。申し訳ありませんでした。油断しました」


 アレンは笑顔で振り返る。


「良いですよ、私もお金も無事でした。車に積み込む前で良かったですよ。それにしても意外でしたね?」


「は、はい?」


「白人至上主義のあなたが黄色い子供に同情するなんて」


「……あ。そうですね。弟を思い出してしまって……。申し訳ありませんでした」


「次は躊躇せずに殺しなさい」


「……はい。申し訳ありません。あ、あの? アレン様は先程、自爆テロと断定されました。さっきの少年達は爆弾を身に付けていませんでしたが……。あれは新種の異能でしょうか?」


「私は彼等を知っている。彼等は子供で結成された自爆テロ組織です。ただ、少年達は爆弾を持ちません」


「……というと?」


「彼等はマナで自爆する。恐ろしい異能を発現しています。やられたら防ぎようがありません。祖国アメリカでも問題になっているのです。……ついに日本へ来ましたか」


「むごい……ですね」


 スカーレットは唇を噛みしめる。その様子を見てアレンは溜息をつき苦笑する。彼女は強がってはいるが精神的に未熟である。


 アレン達は白天町の拠点へ帰ってきた。表向きは「ホワイトアウト」というクラブだが、実態はアルティメット・ディアーナの拠点の一つだ。


「それにしてもアレン様。取引場所の情報はどこから漏れたのでしょうか? やはり龍尾からですか?」


 スカーレットは顔についた血を洗い落として、疑問を口にした。アレンはシャンパンをワイングラスに注ぎながら答える。


「そのテロ組織には【赤髪の巫女(ラートリー)】と呼ばれる予言者がいるらしいですよ。情報元は神のお告げかもしれませんね」


「まさか。……それはさすがにあり得ないかと。……アレン様?」


 アレンは高級シャンパンを飲みながら、冷たい笑顔を浮かべている。口元は笑っているが、視線が氷のように冷たい。冷酷な瞳だ。スカーレットは思わず身を強張らせた。


「彼等は自らをこう名乗っています。ファイブソウルズとね」


 アレンは静かにグラスを傾ける。シャンパンの細かい泡がグラスの底から立ち上り、そして儚く消えていった。

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