第五十一話 アルティメット・ディアーナ
最近の異人街では銃の密輸が頻繁に行われている。顧客の大半は暴力団である。
しかし、彼等が日常的に銃を所持することはない。二十一世紀初頭、日本の首相が銃撃されてから銃犯罪の刑が重くなっているからだ。
一般人の改造銃による発砲事件はあるが、基本的に銃の密売は暴力団の専業と言っていいだろう。何故なら抗争が勃発すると必要になるからである。逆に言えばそれ以外の出番は少ない。
銃一丁の相場は数十万円だが、抗争時は百万円以上に上がることがある。価格が乱高下してリスキーだが、暴力団による一定の需要があり、銃の密輸はなくならない。
東銀の東部に位置する白天町は、白人で構成された反社組織アルティメット・ディアーナの縄張りである。この組織の生業は麻薬武器商人だ。
アメリカから独自のルートで武器や麻薬を密輸し、ブローカーや闇組織に卸すのである。特に龍尾とのパイプは太い。
アレン=クルーは部下を率いて深夜の小道を歩いていた。彼はアルティメット・ディアーナのメンバーで、現場をまとめるリーダーだ。年は二十代半ば、女性のように長い金髪である。
一見すると優男だが、アルティメット・ディアーナで主戦力となっている異人である。その実力はギフターと比べても遜色ない。
「スカーレット。これから龍尾のハオラン氏と会います。彼等は大切な顧客です。失礼のないように……」
アレンはすぐ後ろを歩いている女性に声を掛けた。スカーレット=オルグレンはレッドブラウンのショートカットで、年齢はアレンより少し下である。
二人とも緑色の制服を着ている。他にも数名を連れており、隙のない陣形で白天町の路地裏を歩いている。軍のように統制された動きだ。
スカーレットがアレンの言葉に答える。
「アレン様。イエロー・モンキーに敬意が必要ですか? 白人の我々に劣る存在かと思いますが……」
「その考え方は前時代的ですね。異人街では龍尾とのパイプが必要なのです。肌の色は関係ありません。異人の歌姫カリスの無色透明の精神が必要です」
「……失礼しました。アレン様。……ですが、カリスも白人かと思われます。素顔は分かりませんが……」
スカーレットの返事にアレンは苦笑する。それ以上言及はしなかったが、一言付け加えた。
「アジア人は礼を重んじます。第一印象が大切ですよ。スカーレット」
白天町の東部には用水路が北から南に向けて流れている。水面は泡立っておりお世辞にも奇麗とは言えない。この過疎化した区域には廃業した町工場が乱立している。
その中の一軒に明かりが灯っていた。
アレンを先頭にアルティメット・ディアーナのメンバーが中に入ると、龍尾の構成員が待っていた。五人はいるようだ。
その横にはアルティメット・ディアーナのメンバーが二人いる。先遣隊である。
二百坪ほどの工場内に廃材が積み重なっている。壁際にはひびの入ったパレットやカゴ車が置かれており、かなり殺風景だ。天井までは十メートルほどあり、二階の通路が下から見えている。
工場内の隅には二台のワゴン車が駐車してある。それぞれの組織の車だ。
「いやぁ、待っていましたよ。アレン殿!」
龍尾の中で一際大柄の男が大袈裟に手を広げて歓迎している。男の名はハオランという。筋肉質で身長が百九十センチはありそうだ。漲るマナを隠そうともしない。野獣のような男である。
「お待たせしました。ハオラン様。会えて嬉しく思います」
アレン一同は丁寧に礼をした。龍尾は重要な顧客である。心証をよくする必要があった。
(五人ですか。ハオランは異人ですが、後ろの二人も……なかなかやりますね)
アレンはハオランの後ろに控えている二人の護衛を見る。
一人はバンダナを頭に巻いており、左頬に十字のタトゥーを入れている。筋肉の付き方から格闘家のようだ。
もう一人は長身の優男である。さらりとした黒髪で容姿端麗だ。
ハオランはアレンの視線に気が付き、豪快に笑った。
「がはは! 俺は小心者でね! こいつらは護衛だよ。シンユー、ソジュン! 挨拶しろ。彼等はアルティメット・ディアーナ様御一行だ! 我々に道具を売ってくださる」
「道具」とは銃や武器の隠語である。ハオランに紹介され、シンユーとソジュンは軽く会釈をする。その間も視線はアレン達から逸らさない。
アレンは後ろで殺気を出しているスカーレットを片手で牽制しながら、笑顔で答える。
「龍尾様は弊社にとっても大切なお客様です。そう警戒されないでください。我々は武器だけでなくドラッグも扱っております。末永くよろしくお願いします」
「おう! ドラッグならソジュンが担当だ! こいつを通してくれよ! なあ? 殺気立っている赤毛の姉ちゃん! こいつはイケメンだろ! 乾いてんなら一晩貸そうか?」
「……はあ?」
スカーレットはハオランの下品な野次に不快感を示した。ハオランはその反応を見て楽しんでいる。品性の欠片も感じられない中国人にスカーレットは鋭い視線を送っている。
「兄貴、そろそろ……」
シンユーがハオランに先を促した。
「あぁ! 悪い悪い! 余計なことを言うのは俺の悪い癖だ! なあ、ソジュン」
ソジュンが苦笑しながら、交渉のため一歩前へ出る。それに倣いスカーレットが前へ出てきた。
スカーレットは軽く礼をするとソジュンに言葉を投げた。
「我々がお持ちしたのは部品です。よろしいでしょうか」
ソジュンは笑顔で答えた。
「ええ。組み立てはこちらで。わざわざお持ちいただき感謝いたします」
銃は部品で密輸した方が場所をとらず足がつきにくい。国内で組み立て、販売するのである。銃の部品と金はそれぞれの車に積まれていた。
商品の受け渡しが終わると、アレンは微笑を浮かべ、ハオランへ話しかける。
「異人街では銃の相場が上がっていますね。抗争が近いのですか?」
「まぁな! 近々龍王と戦争をするかもしれん! 暴力団もその熱気にあてられて銃を欲しがるんだわ! あいつらはあんまり関係ねぇんだが、びびりだからな!」
ハオランは豪快に笑った。アレンは対照的に紳士的な立ち振る舞いである。長いブロンドを掻き上げ、微笑を浮かべる。スカーレットは不機嫌そうにハオランを見ていた。
【参照】
シンユーについて→第二十話 電拳と硬拳
ソジュンについて→第三十六話 DMDの売人