第五十話 水門重工
水門重工は、造船や航空機、兵器を扱う大企業だ。他にもエネルギー事業、福祉事業、異人の雇用を率先して行っており、その活動は多岐にわたる。
水門重工が開発した超地熱発電プラントは原子力発電所並みの発電量が得られており、日本のエネルギー自給率を引き上げた。また、川成市地下都市の防水ゲートは浸水高さ八十メートルまで耐える代物である。水門重工はどちらの開発にも異人の研究者が関わっていると公表している。
社長令嬢である高原雨夜は年齢が八歳でありながら、大学修了の学力を持つ天才少女だ。会社の広告塔として起用されており、国民から愛されている。トレードマークは黒髪のツインテールと、気が強そうな大きなつり目である。
その日、雨夜は世話係の源を連れて、雨蛇公園へ来ていた。
「これは……酷いですね」
雨夜は雨蛇公園の折れた木々、形状が変わった池を確認し、思わず唸った。特殊能力者協会、金蛇警備保障、アルテミシア騎士団から実戦的な訓練を行ったと報告はあったが、それを踏まえても看過しがたい。
「源さん。監視カメラには何か映っていましたか?」
源は温和な表情で真顔でも笑っているように見える男だ。
「いえ、雨夜様。残念ながら何も……。記録は残っておりません」
「……でしょうね。異能の訓練なら映像には残しませんか」
雨夜は腕を組んで眼前の雨蛇池を睨む。小学生とは思えない貫禄があった。しかし、ランドセルがその雰囲気を台無しにしている。
「深夜で目撃情報は少ないですが、森の中で大きな雷鳴が響き、昼間のように明るく照らしていたとSNSで発信されています」
源はスマートフォンをチェックし報告した。
「雷……ですか。雷火ですね。彼女が出てきましたか……。でも、何故……?」
「それと、季節外れの雪が降ったそうです。これは今朝のニュースでも放送していましたね。ほら、あちらにも積もっています」
源が指差す方を視ると、溶けてきているが白い雪が見えた。この季節の雨蛇町に雪が降るわけがない。明らかに異能によるものだった。
「絶対零度の広域凍結能力でしょう。ギフターの情報は機密ですから、監視カメラの映像が消されたのでしょうね」
雨夜は溜息をついた。現場まで来たが、どうやら大した情報は拾えそうもない。
「アイスキネシスの黒川南様ですか。アクアキネシスの雨夜様とは何かと比較をされますね。最後にお会いしたのはいつでしたでしょうか」
「新年に顔を合わせました」
公園内にはまばらに人がいる。そよそよとした風が池の水面を撫でるが、気温と湿度が高く、快適な気候ではない。雨夜は静かに目を閉じ、胸の前で両手を組む。
「これからマナを読みます」
雨夜はアクアキネシスの他にサイコメトリーを使う混合系の能力者である。高原の家系は水と精神感応系の能力を使う者が多い。これは太古からの血統である。
二人の周囲だけ静寂が訪れる。木々が鳴り、池は波打ち、地面から水蒸気が立ちこめている。雨夜は自分のマナを閉じ、極限まで集中している。
――そして特徴的なマナを感じ取った。
「……あら、このマナは」
「雨夜様、何か視えましたか」
「ええ、金蛇のマナの軌跡が……」
「金蛇……雷火ですか?」
雨夜はゆっくりと目を開け、源へ顔を向けた。
「ランさんは既に龍のマナに昇華しているでしょう。このやんちゃな蛇は……電拳のシュウ……」
「え? 何故シュウ様が協会と騎士団に関わっているのでしょう。金蛇警備は分かりますがね」
源が驚いた表情で、細い目を見開く。雨夜はサイコメトリーを終わらせ、送迎車の方へ歩いて行く。源は慌てて車のロックを解除し、ドアを開けた。
「近いうちに便利屋金蚊へ行きましょう」
雨夜はそう言うとリムジンの後部座席に乗り込んだ。源は静かに車を発進させた。午後の異人街を滑るようにリムジンが走っていく。
「……もう一人、あの場にいたのではないでしょうか」
雨夜は車窓を流れる街並みを眺めながら呟いた。
「もう一人? 協会、金蛇警備、アルテミシア騎士団以外にですか?」
「はい。シュウさんがその場にいた理由……。それに関係している第三者です」
「こればかりはご本人に聞かないと分かりませんね」
源は相づちを打ちながら話題を変えた。
「雨夜様。来月は異人自由学園でイベントがあります。月の家と合同ですね。顔を出されますか?」
異人自由学園は水門重工が運営している児童養護施設である。月の家はシュウとリンが世話になった星の家と同じ、マナリンクが運営している施設だ。
「そうですね。異人の保護は水門の使命です。私も参加しましょう。シュウさんもいるかもしれませんし」
「あはは、そうですね。シュウ様は子供から懐かれますから」
「ええ。星の家、月の家の子供達にとって、シュウさんは憧れの存在でしょう。しっかりと独立をしてやってらっしゃるから」
漆黒のリムジンは新都心市へ向けて走っていく。雨夜はランドセルを開け宿題を取り出した。彼女は仕事をしながら、宿題も手を抜かないのであった。
【参照】
ニブルヘイム→第四十五話 絶対零度
フルゴラ→第四十六話 雷火のラン