第四十九話 誓いの炎
その日も晴れ渡っており、いつも通りの日常のはずだった。ヤミが建設現場のバイトからサガ村へ帰る途中、大きな爆発音が響き渡った。
「な、何だ? 今の音は?」
村の方角から、黒い煙が立ち上っている。断続的に何かが爆発する音、村人の悲鳴が聞こえた。尋常ではない状況に胸騒ぎがした。
隣にいた同僚は駆け足で村へ向かった。少し遅れてヤミもそれに倣う。サガ村で何か不吉なことが起こっている。ヤミの胸中に吐き気を催す不安が渦巻いていた。
(何だよ! 何が起こっているんだ!)
村に着く前に凄惨な現実が分かってきた。道ばたに沢山の死体が折り重なっている。銃剣で突かれた死体、銃で撃たれて穴だらけの死体、異能で殺害されたような奇妙な死体……。
それらが雑に捨てられていた。死体の瞳には何も映っていない。恨めしそうにヤミを睨んでいる。道は血だらけだ。女、子供、老人……、ある意味差別なく平等に死んでいる。
(い、家は? 家族は? ……みんな!)
村に着いたヤミはすぐに家には戻らず茂みに隠れた。銃器を持った集団が民家を焼いていたからである。
その集団は銃を構えながらも、それを使用せず、奇妙な能力を使っている。
何も無いところから火を出す、衝撃波を出し村人を吹き飛ばす、光る手刀で首を刎ねる……。筆舌に尽くしがたい虐殺を行っていた。
(奴等は……[異人革命戦線]! どうしてサガ村を!)
異人革命戦線は異人で組織された反政府武装勢力である。
末端の村まで知らされていなかったが、前日に軍事クーデターが起こり、サルティの首相は連合国へ亡命していたのだ。
その間、パキン共和国の後ろ盾を得た異人革命戦線、そしてパキン国防軍により、民族浄化が決行されていたのである。
ヤミが飛び出そうとした瞬間、建設現場の同僚の男が広場まで連行されてくるのが見えた。同僚以外にも村の男達が連行され一箇所に集められる。男達は激しく殴られ、拷問を受けていた。
女子供の姿が見えない。別の場所で隔離されているらしかった。
(……アフィは? ……生きているのか? 父さん、母さんは? リィは?)
異人革命戦線のメンバーは村の男達に暴力を振るい、叩きのめし、疲弊した口調でこう言った。
「悪いな……。我々も疲れているんだ。命乞いはあの世でやってくれ」
そこからは、まるでスローモーションのように見えた。組織のリーダーらしい男が何かを呟き天に手を掲げると、巨大な火球が発現し……、それを男達の上に落としたのだ。
激しい爆音が響き、村人は文字通り焼失した。大きな黒煙が立ち上り、人間が焼ける臭いが立ちこめる。悲鳴は上がらなかった。一瞬で死んだのだろう。
そして黒煙が消える前に異人革命戦線は立ち去った。
ヤミはしばらく動けなかった。恐怖で身が竦んでいたのだ。仕方のないことだ。十二歳のヤミにできることは何も無かった。
十数分後、ヤミは茂みから飛び出した。燃えている村の中に飛び込む。生存者を探したかった。
「父さん! 母さん! アフィ! ……みんな!」
村中に転がる、死体、死体、死体の山。生存者は見付からない。井戸を覗くと、沢山の女性の死体が放り込まれている。その中に母親を発見した。
「か、母さん……」
母の死を確認したヤミは絶望しながら、自分の家に向かった。途中、父の死体も発見した。首は無いが、服から父と分かった。
「アフィ……リィ。……チビ」
ヤミが家に帰ると、リィが弟を庇って死んでいた。背中から撃たれ、弟と共に絶命している。腰が悪い祖母は脳天を撃たれて死んでいた。
祖父は暴行後、拷問を受けたらしく右手の小指しか残っていなかった。老人、子供まで虐殺する異人革命戦線、その後ろにいるパキンに殺意を覚える。
もう二人弟妹がいるはずだが、姿が見えない。誘拐された可能性がある。誘拐した子供を洗脳し、自爆テロ、児童婚に使う……戦場では頻繁に起こることである。
ヤミは家の外に出て学校へ向かった。誰かが避難しているかもしれない。
村中が燃えている。今朝まで皆が生活していた村だ。サガの尊厳は踏みにじられていた。ヤミの心の中で何かが湧き起こってくるのを感じていた。ふつふつとどす黒い何かが――。
村に一つだけの学校が燃えている。パキンの空爆を受けたのか、異人革命戦線の火球か、判別できない。村の子供達の夢と希望が詰まった学校が燃えている。
校庭に立ち尽くすヤミの茶色い瞳にはその炎が映り込んでいる。ただ、呆然と燃えている学校を眺めていた。
サガ村は地図から抹消されようとしていた。サルティ政府に、世界に見捨てられたような絶望感を覚える。誰にも知られずに、何人死んだのだろう。
「罰せよ……。奴等を……。同じ目に遭わせてやる! 世界中に……オレ達がどんな目に遭ったのか……思い知らせてやる!」
その時、ヤミの頭の中で何かが弾けた。目の奥に閃光が見えた。
「……って! 何だ……?」
衝撃と頭痛に思わず屈む。貧血のような症状が治まるのを待っていると、足音が聞こえた。
「……アフィ?」
顔を上げると、こうこうと輝いている炎を見詰めて佇んでいる赤毛の少女がいた。
アフィは一人立ち尽くしている。後ろ姿なので表情は見えない。
「アフィ! 生きていたのか!」
「……おじいちゃんが……、あたしを逃がして……くれたの」
ヤミはアフィに駆け寄り、背後から抱きしめた。目から涙が溢れてくる。彼女はヤミに残された最後の希望だった。
「年寄りは殺されないから……って。この村に……悪い人はいないって説明するって……。おじいちゃん、昔のおじいちゃんみたいに戻ってた。最後におじいちゃん……笑ってた」
アフィはヤミの手に自分の手をそっと重ねた。
「リィ達は家から出たくないって……言ってたから……あたし」
「……」
ヤミは妹の告白を黙って聞いていた。気の利いたセリフが出てこない。
アフィが呟いた。
「……ヤミ。あたし、何かおかしいの。……視える。遠くが視えるの」
「アフィ? どうした? 目が痛いのか!」
アフィは燃えている学校を通り越して、虚空を見詰めている。無表情で氷のように冷たい目だ。
「……大きな街。……首都が燃えている。……暴動が起きているの」
「アフィ……。お前……」
ヤミはアフィの前に回り、もう一度強く抱きしめた。赤毛の髪をぎゅっと抱え込む。アフィの大きな目から涙がこぼれてくる。
「ヤミ……。あたし……あたし……! 村が……! ……お母さぁん!」
アフィは兄の背中に手を回し抱きしめる。せき止めていた感情が洪水のように溢れ出してくる。もう止められなかった。
ヤミとアフィは激しく燃える学校の前で静かに泣いていた。辺りを黒煙が立ちこめる。火は数時間燃え続け、村や田畑、村人を焼き尽くした。
――その日、一つの村と二人の兄妹が……消えた。