第三百九十話 血剣旅団の女幹部
繁田が先頭、遠藤が真ん中、ヤオが後ろの配置で魔龍街を歩いていた。入り組んだ階段を上がっていく。エレベーターはない。途中で住人とすれ違うが、意外なほど明るい笑顔が見られた。
すっかり遠藤と打ち解けた繁田が自慢げに解説する。
「ガイドブックじゃ色々叩かれているけど、住んでいる奴等は逞しいぜぇ! ほら、駅前の高級ホテルの中国料理! あそこの点心とか肉団子はココで作っているんだから! ネズミが走り回っている厨房で! ははは! 原価の安さならどこにも負けないよ」
ビルの集合体のような街だが飲食店やスーパー、学校や老人ホームまであった。しかし敷地が限られているため、場所は使い回されている。昼間は幼児園だが夜は風俗店に変わることもある。そこには児童買春ツアーの客が頻繁に訪れるのだから合理的とも言えた。
「あ、病院も入っているんですね。凄いな」
遠藤が古い病院を見て感嘆の声をあげた。
「言っておくけど無免許の闇医者だよ! でも安いから街の外からも患者が来る。どうだい、旦那! どっか診てもらいますかい?」
そこでヤオが口を挟んだ。
「うふふ、遠藤さん。駄目だよー、安いからって飛びついたら。油断すると眠らされて臓器抜かれる。そのまま永眠、死体になってるよん。そうでしょ?」
繁田がニヤリと笑う。
「へっへっへ、さすが姐さん。よぉくお分かりで。あなた、ボクと同じで腐ったドブの匂いがプンプンしますわ。そそ、特に旅行者は狙われるね。いなくなっても誰も騒がないっしょ? 解体されて売られちまいますわ」
いくつもの通路を抜けて階段を上がっていく。夜のように暗い廊下。古い蛍光灯が音を立てながら点滅していた。まるで迷宮のようで、帰り道を覚えていられない。ガイドブックに書いてあるとおり、確かに一度入ったら出てこられないかもしれなかった。
「ここっすね。入りやしょう」
前を歩く繁田が部屋の前で立ち止まった。
◆
そこはボロいが広かった。この人口密度でこの面積、そして中階層。それなりの規模を持つ組織であることが伺える。部屋の中にはソファーとローテーブル。チャイナ服の女が座っている。その背後には大柄の男、更に壁側に二人、窓側に二人の護衛が立っていた。
「失礼します」
遠藤は流暢な中国語で挨拶するとソファーに座った。その横に繁田が座る。女と向かい合う形となった。ヤオは遠藤から少し離れた位置に立つ。
(この匂いは……大麻ですか)
独特の甘い香りが漂っている。卓上の煙草から妖しい煙が立ち上っていた。遠藤は一瞬目を奪われたが、すぐに女を見据えた。
「はじめまして。私は龍王の遠藤と申します。いやぁ、良い街ですねえ。とても活気があってエキサイティングです。是非、地下のレストランで食事をしてみたいなぁ」
社交辞令を聞いて大柄の男が鼻で笑った。背広組にしか見えない遠藤は完全に見下されている。野犬の群れの中に座敷犬が放り込まれたような構図になっていた。
女が艶のある声で答える。
「私はユエ。後ろの彼は護衛のベンだ。ようこそ日本人。歓迎するよ」
ユエは妖美な微笑みを浮かべた。遠藤は緊張を隠すために大きく頷く。彼女に押されたわけではない。
(これは賭け……でも大丈夫。必ず上手くいく)
緊張の原因は後ろに控えるヤオであった。本人は無自覚だが今回の商談のキーパーソンがヤオだからだ。
「私は血剣旅団の幹部よ。女だから威厳なんてないけれど」
血剣旅団――中国系の武装組織だ。拠点は世界各国にある。念動力系武器生成型の異人が多く在籍しており、気が荒いことで有名だった。
(ここからが私の勝負です)
遠藤は静かに深呼吸をすると、テーブルの下で握る拳に力を込めた。
【参照】
遠藤が中国に来た理由→第三百十六話 狂女の哄笑
血剣旅団→第三百二十三話 清原の潜入捜査




