第三十九話 お姉さんの勘
その日、シュウは金蛇警備の社長室にいた。なんだかんだ言いながらもランはシュウにとって心の支えになっている。
(まあ……おかんみたいなお姉みたいな……って存在だよなぁ)
目の前にいるランは金髪の美女である。男勝りで浮いた話を聞かないが、メリハリのあるボディで露出の高い服装を好むため、秘めた色香は隠せない……というか、隠すつもりはないようだ。色欲がそのまま街を歩いているようなものであった。酔うとキス魔になるうえ、ショタの傾向があり、幼少期のシュウはそれなりの被害を被っていた。
(あの時のことはカウントしないでいいよな)
そんな青少年の悩みに気が付かないランは大きい瞳を爛々と輝かせて口を開いた。
「しゅうちん、お疲れ様! 良かったねー、カリスちゃんを守れて」
「まあ、不可解なこともあったけどなー。あ、これ。報酬入ったから」
シュウはそう言って紙袋を渡した。中身はスポーツブランドのパーカーである。
「あらー! 私、パーカー大好き。ありがと! お姉さん嬉しいわぁ」
「俺も色違い買ったぜ」
「なになに? お揃いにしてデートしちゃうの?」
「しねーよ!」
きゃははと笑うランはギャルのような外見で威厳は無いが、【雷火】の異名を持つストレンジャーで異人街の勢力図にその名を連ねている。
「金蚊をオープンして一年以上経ったか。順調そうで何よりだねぇ。しゅうちん。で、カリスちゃんは今何してるの?」
「龍尾と龍王の抗争を懸念して護衛を延長していたけど、明日で終わりだよ」
ランはアイスコーヒーを飲みながら頷いている。そして含みのある笑顔を浮かべながら言った。
「どう? 少年。彼女と良いことあった? お姉さんが相談に乗るよ」
シュウは思わずコーヒーを吐き出しそうになった。咳き込みながら答える。
「ないない! 異人の歌姫と便利屋の俺が釣り合うわけねーだろ! 所得が違うよ。しょ・と・くが!」
慌てるシュウを見てランは呆れながら言った。
「はぁ? 養ってもらえば良いじゃん! あっちの方が年上なんだから。多分、あんたのことを危ない場面で救ってくれた王子様のように思っているわよ、彼女」
「いや、彼女は皆に優しいから。リンやチェンにも同じように接してるし。俺だけ盛り上がって自爆するのは避けたいぜ」
ランは溜息をついてこう言った。
「そうかねぇ。あんたにしか見せていない顔があると思うんだけどなぁ、お姉さんは」
ランの発言を聞いてシャーロットの傷跡やパニック発作を思い出した。シュウは黙ってアイスコーヒーを飲んでいる。その様子をランは母親のような思いで見ていた。
「まあ、好きにしなさい。でもね、後悔だけはするんじゃないよ。しゅうちん。あ、りんりんにも気を遣いなさいね」
「……分かったよ。んじゃまたな!」
ランは出て行こうとするシュウの背中に声を掛けた。
「そうだそうだ、全然関係ない話なんだけどね」
「ん?」
シュウはランの言葉に振り返る。ランは足を組み直し、少し逡巡する。
「あー……しゅうちんさ、親のことって……どう思ってる? やっぱり恨んでる?」
想定外の質問にシュウは一瞬思考が停止した。数秒間考え、こう答えた。
「いや、親父もおかんも覚えてねーしな。別に恨んでもないし。まあ、育児放棄した方々としか」
シュウは淡々と答える。感情的にならず冷静であった。それが本心でもある。
「そっかそっか」
「俺のおかんはあんただよ。こう見えても感謝してんだぜ。本当の息子じゃなくて悪ぃけどさ」
シュウの言葉にランは目が潤んだ。
「ば、ばっか! せめてお姉さんって言いなよ! まだ三十代よ、私は」
「へっへっへ」
シュウは笑いながらドアノブに手を掛けた。ランはもう一声掛ける。
「しゅうちんさ……何か胸騒ぎがするのよね。こう……上手く言えないけど気を付けなさい。護衛は最後まで気を抜かないようにね。これはお姉さんの勘よ」
「おっけー」
シュウは軽く手を振ると社長室を出た。ランはシュウのことになると過保護になる。またいつもの老婆心だとシュウは思ったのであった。




