第三十九話 ランの胸騒ぎ
その日、シュウは金蛇警備の社長室にいた。師匠のランに結果を報告しに来たのだ。
「しゅうちん、お疲れ様! 良かったねー、カリスちゃんを守れて」
からからと笑うランは、シュウと同じ金髪、金色の目をしている。ギャルのような外見で威厳は無いが、ランは【雷火】と呼ばれるストレンジャーであり、異人街の勢力図にその名を連ねている。
「金蚊をオープンして一年以上経ったか。順調そうで何よりだねぇ。しゅうちん。で、カリスちゃんは今何してるの?」
「龍尾と龍王の抗争を懸念して護衛を延長していたけど、明日で終わりだよ」
ランはアイスコーヒーを飲みながら頷いている。そして含みのある笑顔を浮かべながら言った。
「どう? 少年。彼女と良いことあった? お姉さんが相談に乗るよ」
シュウは思わずアイスコーヒーを吐き出しそうになった。咳き込みながら答える。
「ないない! ないっす! 異人の歌姫と便利屋の俺が釣り合うわけないっす! 所得が違うよ。しょ・と・くが!」
慌てるシュウを見てランは呆れながら言った。
「はぁ? 養ってもらえば良いじゃん! あっちの方が年上なんだから。多分、あんたのことを危ない場面で救ってくれた王子様のように思っているわよ、彼女」
「いや、彼女は皆に優しいから。リンやチェンにも同じように接してるし。俺だけ盛り上がって自爆するのは避けたいぜ」
ランはアイスコーヒーをズズゥと飲み干した。そして溜息をついてこう言った。
「そうかねぇ。あんたにしか見せていない顔があると思うんだけどなぁ、お姉さんは」
ランの発言を聞いてシャーロットの傷跡やパニック発作を思い出した。シュウは黙ってアイスコーヒーを飲んでいる。その様子をランは母親のような思いで見ていた。
「まあ、好きにしなさい。でもね、後悔だけはするんじゃないよ。しゅうちん。あ、りんりんにも気を遣いなさいね」
「……分かったよ。んじゃまた」
シュウはアイスコーヒーを飲み終えると席を立った。そして一礼するとドアへ向かう。ランはシュウの背中に声を掛けた。
「そうだそうだ、全然関係ない話なんだけどね」
シュウはランの言葉に振り返った。ランは足を組み直すとこう続けた。
「しゅうちんさ、親のことって……どう思ってる? やっぱり恨んでる?」
想定外の質問にシュウは一瞬思考が停止した。数秒間考え、こう答えた。
「いや、覚えてないよ。別に恨んでもないし。まあ、育児放棄した方々としか」
シュウは淡々と答える。感情的にならず冷静であった。それが本心でもある。
「そっか」
「俺の親は師匠と施設長、それと大家さんっすね。リンもそう思ってるんじゃないかな?」
「ばっか! せめてお姉さんって言いなよ! まだ三十代よ、私は」
「あはは」
シュウは笑いながらドアノブに手を掛けた。ランはもう一声掛ける。
「しゅうちんさ。……何か胸騒ぎがするのよね。こう……上手く言えないけど、気を付けなさい。これはお姉さんの勘よ」
シュウは軽く手を振ると社長室を出た。ランはシュウのことになると過保護になる。またいつもの老婆心だとシュウは思ったのであった。