第三百八十八話 久遠の時を越えて
氷川四中抗争から三年経ち私は十五歳になった。施設を出て便利屋金蚊に就職し半年以上経つ。その前から仕事を手伝っていたので体感的には一年以上だった。
その晩、私は夕飯を終えて部屋に戻った兄を訪ねていた。
「兄さん、入っていいですか」
「別にいいけどさぁ。リンお前、兄離れして彼氏つくれよ」
幾度となく繰り返してきたやり取り。面倒くさそうな顔でドアを開ける癖は変わらない。最近は彼氏彼氏うるさくなってきた。きっと兄は私に恋人ができても妬いたりしないのだろう。
「俺、怠いんだよなぁ。あまり構ってやれねーからさっさと部屋に帰れよ」
そう言ってバフッとベッドに腰掛ける。先日ソフィアを助けるためにバカでかい出力の<火花>を放った反動で排マナ中毒と倦怠感に悩まされているようだ。いつもより素っ気ない。
もともとツンデレ気質のある兄だが中学の頃はツンのピークだった。いつも突っ張っていた。しかしサイレントキラー事件後は私の方が優位かもしれない。兄は嫌がりながらも私のワガママを聞いてくれるからだ。
「暑いからあまり寄るなよ」
兄はフェミニストだが年下の女子を雑に扱うことがある。星の家の児童を世話していたからだろう。雨夜、ソフィア、そして私。彼女たちの恋心に気が付かない朴念仁だ。
兄が動揺する相手は同い年か年上の女性が多い。ラン、シャーロット、ココナ、フィオナ、アリス。ランはスタイルが抜群に良い。特に胸。シャーロットはアメリカ人でスタイルが良かったし、ココナも日本人らしくないメリハリのある身体をしている。フィオナとアリスはフランス人だから言うに及ばず。
それに比べて私は――まだ成長期だ。多分これから大きくなる。三年前よりは大人になっている。童顔なので、せめて敬語を使って大人感をアピールしているのだが。
兄は私から少し離れるとAIアシストのドラクサに話し掛けた。
「ドラクサ、テレビ点けて」
しょっぱなからドラマのラブシーンだった。兄は舌打ちをしてチャンネルを変える。歌番組だ。人気マイチューバーのミチノ。映っているのはアバターで素顔は不明だ。兄はボーッと画面を観ていた。私など眼中にないらしい。
「失礼します」
兄の肩に頭を乗せた。「お前なぁ……まあいいけど」何かを言いかけて止めた。私は兄の性格を知っている。最後には折れる。
「……今何を考えているのですか?」
「ん?」
「悩んだ顔をしています」
「そうか」
兄の目はどこか遠くを見ていた。
「協会の副会長から聞いた。シャーロットさんの事件の捜査で進展があったらしい。もし俺がギフターになれば……」
「なんですか?」
「いや、なんでもねぇ。そろそろ寝るかな」
兄は言葉を濁した。そう言えば異能交流試合の後に黒川亜梨沙と話していた。何かを吹き込まれたのだろう。また年上の女性ですか――私は目眩がした。
「……久しぶりに一緒に寝ていいですか?」
「駄目に決まってんだろ。十六と十五だぞ。さすがにアレだろうが」
「今夜は帰りたくないの」
「さっきのドラマみたいなこと言うな」
「駄目……ですか?」
「ぐ……」
兄が怯んだ。視線が泳ぐ。アレってなんですかと追究しようとしたら先に兄が折れた。
「お、お前が寝るまで一緒にいてやる! そしたら俺はお前の部屋で寝るからな!」
え! 兄が私のベッドで? それはそれで私の性癖をくすぐるシチュエーションですね。えへ。
「じゃあ一緒に寝ましょう」
くっついたまま寝ればいい。きっと兄は私を振りほどけない。兄は優しい。荒れた時期もあったが根っこは変わっていない。
「リン、ちょっといいか」
兄はベッドに入ると私の顔に手を添えた。
「え?」
私は緊張して固まった。これはもしかして私に大人の女性の魅力が……!
「お前……目、赤くなってねーよな?」
「大丈夫ですよ。髪だって灰色じゃないでしょう」
どうやらサイレントキラー事件がよほどトラウマになっているらしい。ある意味、虚空に感謝ですか。兄が私に甘いのは罪悪感から? ううん、それは深い愛情の裏返し。
「兄さん……今、好きな人いるんですか?」
「修学旅行かよ!」
ずっと一緒にいたい。ずっと愛していたい。ずっとずっとずっと。もしあなたが死んだら私も死にます。あなたが誰かに殺された時はその誰かを殺して私も死にます。それが運命と宿命、そして天命――中学校から、小学校から、幼稚園から、物心が付く前から、いや。千年前から――久遠の時を越えて廻り続ける輪廻の輪。
「おやすみなさい」
私は幸福に包まれながら目を閉じた。
【参照】
ミチノ→第二百十六話 ホームレスの説教
シュウは年上好き→第三百二十五話 白雪カノンの依頼
副会長から聞いた→第三百四十一話 彼女の事件を追っている
シュウの火花→第三百六十八話 予測不能なノイズ
――あとがき――
いつも読んでいただきありがとうございます。
氷川四中抗争編はこれで終わりです。
これまで触れてこなかったシュウとリンの過去を書きました。
テーマは思春期の葛藤と郷愁、狂っていく少女、サイコパス。
ただの学園ものになっても平凡(?)なのでドラッグネタを混ぜてみました。
速いテンポを意識したので途中ダレることなく書き終えました。
さて、明日から新章がスタートします。
文字数多め、アングラ全開、キャラ・組織多数。
よろしくお願いいたします。
荒野悠




