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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第二十五章 サイレントキラー ――氷川四中抗争編――
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第三百八十七話 シュウの進路と恩返し

 消灯時間に部屋をノックすると、ふてくされた兄が顔を出す。私はタヌキのぬいぐるみで顔半分を隠しながらお願いした。


「……一緒に寝ていい?」


「嫌だけど仕方ねーな。お前そろそろ兄離れしろよ」


 サイレントキラー事件以降、兄の態度は軟化している。小学生の頃のような関係に戻りつつあった。施設長の久保田さんには「リンは寂しさが極限に達すると異能が暴発する」と報告が上がっているらしく、添い寝が黙認されている。


 私はベッドに入って奥へ詰めた。兄のスペースを確保して待っていると、不機嫌そうな顔をしてベッドに入ってくる。いつも兄は背中を向けるが今日は正面から見詰め合う体勢になった。


「お前さ、マジで秋野を殺すつもりだったのか?」


「?」


「だって、秋野だけ異常に弱っていたぞ。何であんな執拗だったんだよ」


 よく覚えていない。虚空モードの時は記憶が曖昧になる。あの人が私に酷いことをしようとしたから? ううん。違う。確か――。


「私の前で……無抵抗なお兄ちゃんを……(もてあそ)ぶって言った」


「は、はぁ? そりゃ言葉の綾だろ」


NTR(ネトラレ)二次元(アニメ)ならいいけど三次元(リアル)は嫌……あの人……私より胸……大きかったし」


「……俺に隠れてどんなアニメ観てんだ。そう言えば、あいつ金蛇警備に就職するらしいぜ」


 秋野さんは兄を意識して進路を決めた。私はそんな下心に全く気が付かない愚兄をこれからも守らなければならない。


「あ! そうだ。お前、顔見せろよ」


 そう言って私の頬に手を添えてくる。――あれ? これはこのままいけるのかな? 兄は年上好きだから妹属性に勝機はないと思っていましたが、物心つく前から想い続けてきた私の粘り勝ちですか? 兄に色目を使う女を追い払ってきた私の努力が実ったのですか? 今夜私は守ってきた貞操をついに――私はギュッと目を瞑った。


「目ぇ見せろよ。また赤くなってねぇだろうな? 髪は……生え際はいつもの色か。お前髪長いから時間かかるぜ。ボブとかにすれば?」


 兄は私のつむじを見ると頭をクシャクシャと撫でた。正面からギュゥと身体を押し付けてもなんの反応も示さない。どうやら期待した展開にはならないらしい。私は兄の顔を見上げて不安を吐露した。


「お兄ちゃん……私を置いていかないでね?」


「そのことをずっと考えていた。なんか答えが出そうなんだ」


 兄の顔は吹っ切れて見えた。



 ◆



「あんたとドライブなんて久しぶりね。リンも来られたらよかったのに」


 シュウはランが運転する車の助手席に乗っていた。日曜の朝。道路は空いている。どこかで昼飯を食べようという話が出たのが昨晩のことだ。


「カリスでも流そうか。最近人気の異人アーティストなのよ」


 ランは上機嫌だった。教師の桶川からシュウの素行が良くなったと連絡を受けたからだ。するとずっと黙っていたシュウが口を開いた。


「なあ、師匠」


 突然の師匠発言にランは思わずブレーキを踏みそうになった。


「な、なにそれ」


「今回のことで思い知ったんだ。俺は井の中の蛙だった。弱い正義は強い悪に負ける。だからもっと強くならないと駄目だ」


 そう語るシュウの横顔は大人びて見えた。


「だからおばさんに弟子入りすることに決めた。おばさんは強ぇよ。マジでビビった。俺にエレキの技を教えてくれよ。俺は早く強くならねーと駄目なんだ」


「どうしてさ? ってか、お母さんかお姉ちゃんって呼びなさいよ。私、まだ若いんだから」


「ずっと進路で悩んでいたんだ。異人の俺に何ができるのか。懐いてくるリンをどうするんだって。どっかに貰われていけばいいだろって思っていたけど、あいつは俺がいないと駄目みたいなんだ。だから俺があいつの居場所になるために強くならなきゃいけないと思った」


(金蛇警備に来るって言うなら私も覚悟を決めるんだけど……言わないのよね、この子。ほんと、ライにそっくりだ)


 目的のレストランを素通りする。今はシュウに胸の内を吐き出させた方が良いと判断したのだ。


「俺は勉強できねーし、態度が悪いから会社勤めは無理だ。異能を活かすとなると反社しかないって周りは言うけど、俺は悪いことはしたくないんだ。困っている人を助ける仕事がしたいんだ。どうすればいいと思う?」


「なるほどね。じゃあリンと二人で便利屋でもやってみれば?」


「便利屋?」


「困っている人を助ける仕事さ。草むしりしたり引っ越し手伝ったり。それか異人の案件に特化して用心棒でもやってみる? 異人街の便利屋! よっ! 正義の味方!」


 半分冗談だったがシュウの顔は真剣だった。異能を活かして困っている人を助けながら、リンの居場所にもなれる――自分の中でしっくりくるものがあった。しかし卒業まであと二年もない。


「……間に合うかな」


 一丁前に悩む姿を見てランは微笑んだ。シュウは窓を流れる街並みに目を向けながらこう続けた。


「俺はおばさんの……いや、母さんの本当の子供じゃねーけど、せめて強くなって恩返しするよ。一番弟子を名乗れるくらいになってさ」


 シュウの言葉にランの目が潤んだ。


「ば、馬鹿ね……私はあんた達の親をやらせてもらっている幸せ者なんだから。でも分かったわ。私は厳しいけど覚悟しなさいよ!」


「ああ!」


 しばらくカリスの歌に耳を傾けながら車を走らせる。ランが平静を装いながら問い掛けた。


「と、ところであんたさ……あんたがグレた理由って、私が沢山チューしたから?」


 今度はシュウが呆気にとられる番だった。


「子供の頃のあんたって可愛かったから、ちょっと溺愛(あい)し過ぎちゃった自覚があるのよ……昔好きだった人にも似てくるしさ。私酔うとキス魔になるし……」


 シュウの脳裏にランの過剰なスキンシップがちらつく。あれはセーフだったのかアウトだったのか。シュウは深く言及しなかった。


「……別に気にしてねーけど」


「そ、そお? お母さんとのチューなんてカウントしなくていいから! 未来の彼女に言わなくていいから! だいじょぶ、セーフセーフ!」


 ランは「あはは」と笑いながらシュウの頭を撫でた。


(あんたはお母さんじゃねーんだよな)


 シュウは複雑な思いを抱えながらランの笑顔を眺めていた。

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