第三百八十六話 中途半端な英雄
ランはツカツカ歩いてくると、放心するシュウを立たせて頭をゴンッと殴った。
「いってぇー! 何すんだよ! ババァ!」
「お馬鹿! これで分かっただろ! 世の中には理屈が通じない悪党や理不尽な暴力が存在するのよ! 子供は危ないことしないで勉強していればいいの! 反省しなさい!」
「……悪かったよ」
何も言い返せなかった。頭を押さえながら一言謝罪する。しかしすぐにハッとしてリンに駆け寄った。
「おい、お前大丈夫かよ! 怪我は?」
リンの瞳は元に戻っていたが、髪は灰色のままだった。シュウは泣きながらリンを抱きしめる。
「ばかやろう! ……もう心配かけんじゃねぇよ」
「い、痛いよ、お兄ちゃん。殴られた首が痛いの」
「わ、わりぃ」
「ううん……ごめんなさい」
リンは震える手で遠慮がちにシュウの涙を拭う。ランは側まで来ると優しく二人の頭を撫でた。
「なあ、おばさん。さっき、リンの目が赤くなっていたんだ。赤いマナが出ていてさ……ほら、髪の毛もこんな色になっちまってる。あいつがケノンって言っていたぜ」
「ちょっと力を使いすぎたのね……虚空はエアロ系から派生した異能なんだけど、気圧を操作して真空を創り出すのよ。その中に閉じ込められると音が遮断され詠唱もできない。制御できないと身を滅ぼす危険な異能なの。赤目と灰色の髪は副作用みたいなものかな。大丈夫、髪は伸びればいつもの色に戻っているわ」
――どうしてリンにそんな異能が? 問いただしたいシュウだったが空気を読んで控えた。西中の不良達が回復して騒ぎ出しているからだ。シンユーは仏頂面だがランに言われたとおり気功を施していた。
その背中にランが声を掛ける。
「まだ若いのに<水気功>を使うか。師は?」
「……中浦公園にいる自称仙人の爺さんです。俺が孤児だって言ったら、通って鍛えろって言われました。もう五年になりますかね」
「もしかして中浦沼の竹さん? あの人まだ現役なんだぁ!」
不良達のダメージは急激な気圧の低下による失神程度だったが、秋野の症状は重かった。シュウを傷つけようとしてリンの逆鱗に触れたのか、シュウにちょっかいを出そうとした「女」だから思わずリンの力が入ったのか定かではないが、他の不良よりも明らかに衰弱しており、ふてくされながらも大人しく気功に身を委ねていた。
「さてと……あんた達! 火遊びもここまでくると洒落になんないわよ。DMDは完全に一線を越えているわ! 私は協会でも警察でもないから法的に罰そうとまでは思わない。でももう二度と手を出すんじゃないわよ!」
DMDは秋野の独断である。不良達はチラリと秋野の横顔を見た。しかし立っているのも辛そうな彼女を気遣い何も言わない。人格に問題はあるものの、面倒見のいい秋野は舎弟から慕われていた。
「私もやんちゃだったから氷川統一みたいな馬鹿げた夢を否定したりはしない。異能を持て余して悪さをすることもあるかもしれない。でもね、異人ってだけで人生諦めるのは早計過ぎよ。卒業して進路に困ったら金蛇警備に来なさい。私が悩みを聞いてあげるわ」
ランの説教が終わると倉庫に龍尾のルーとソジュンが入ってきた。
「お取り込み中のところ失礼します。久しぶりですね、ランさん。場は収まりましたか?」
「あれま、ルーじゃない。後ろの男の子は新入り? 随分と可愛い子ね」
ランが色目を使うとルーが警戒心を露わにした。
「ソジュンくんです。手を出したら殺しますよ。……ところで、そこに寝ている虎爪の身柄は我々がもらい受けます。どうやら龍尾のシマで学生を使ってDMDを捌いていたようです。反社の揉め事は反社同士でケジメをつけさせていただきます。金蛇警備の出番はありません。よろしいですね」
ルーの合図で龍尾の構成員がズラズラとやってきた。「うい~す」まるで作業のように虎爪の連中を回収していく。ルーはランに一礼すると倉庫を出ていった。ソジュンはその場に残りリンを見る。
「サイレントキラーの正体……か」
しかしそれ以上は語らず倉庫を後にした。
「はいはい、こっちに注目ー!」
ランの外見は金髪のギャルだ。母親と例えるにはまだ若いが、その所作には既にオカンの貫禄があった。
「いい? 手足が痺れたり具合が悪くなったらすぐに病院へ行くこと! 特に秋野さんだっけ。あなたは診てもらったほうがいいわ! 何か分かんないけど一番ダメージありそうだから!」
「……」
リンがシュウにしがみつきながら恨めしそうに秋野を見ている。「はぁー」秋野は心底気怠そうに溜息をつくと素直に頷いた。そしてリンに詫びを入れる。
「悪かったってば……もうあんたのモノに手ぇ出さねーから」
そう言って次はシュウを見る。「な、なんだよ!」とシュウが身構えた。しかし秋野は打って変わってしおらしい態度で呟いた。
「あのさ……アタシのことで……お、怒ってくれて? ……ありがとね」
「むっ」
リンの表情が険しくなった。が、秋野はそれに気が付かない。妹の存在など眼中にない。半ば夢心地でシュウに近寄っていく。
「シュウってさ、カノジョいたっけ?」
既にカイスのことを忘れたらしく、その瞳にはシュウしか映っていなかった――。
こうして中学生の喧嘩から始まった氷川四中抗争は多くの人と組織を巻き込んだが、シュウが率いた南中の勝利で終結し、河川敷で待機していた森川達が泣いて喜んだ。この偉業は異人街の伝説となり後世まで語り継がれることになる。
抗争の陰で暗躍したサイレントキラー――リンの名前が表に出ることはなかった。不良の誰もがまだ幼いセーラー服の少女に負けたとは口が裂けても言いたくなかったからだ。
そして覇権を握ったシュウが英雄になったかというと微妙なところであった。彼は後に氷川四中抗争をこう表現するからだ。俺の黒歴史――と。
【参照】
氷川四中抗争①→第五十五話 便利屋の少年と大企業の令嬢
氷川四中抗争②→第七十七話 ソフィアのスマートフォン
中浦沼の竹さん→第二百八十話 神威対異人狩り
氷川四中抗争③→第二百八十七話 指導者の天賦
氷川四中抗争④→第二百八十八話 シュウが繋ぐ縁
氷川四中抗争⑤→第三百十八話 ギルハート遠征作戦




