第三百八十五話 アドルガッサーベールの雷火
「倉庫の周りでウロウロしていたから拉致っといた。北中のシンユー。お前の仲間だろ?」
「くそっ! 大人のくせに人質とるのかよ!」
シュウはリンとシンユーを交互に見ながらも竦んで何もできない。カイスは無表情だが殺気だけは釣りが出るほど放っているからだ。
「お前、まさかまだ自分が殺されないとでも思っているのか」
「こ、殺すなんて……ありえねぇ! 中坊同士の喧嘩に反社が出てくんなよ!」
「今更何言ってんだ? 先にお前等がうちの構成員をやったんだろうが。ケジメってやつだ。知っているか? 俺の祖国では毎日ガキが爆弾で死ぬ。お前くらいの年齢だったら既に人を殺しているぞ。はは、自分が劇的に死ねると思っていたか?」
シュウは絶望した。自分が無敵だと思っていた。誰が相手でも一対一で戦えば必ず勝てると思っていた。しかし本物の悪党の前に手も足も出ない。氷川統一なんて火遊びが過ぎたのだ。
眼前には首を絞められているリン、銃を突きつけられているシンユー、倒れた秋野と西中の不良達――シュウは恐怖で動けない自分に殺意を抱きながらカイスを睨み付けた。
「無視かよ。おい、そのガキを撃ち殺せ」
シンユーは覚悟をするように目を閉じた。幼馴染みの悪友が目の前で殺される。圧倒的な暴力の前にシュウは絶対的に無力だった。
「やめてくれぇー!」
男が引き金に指を掛けた時だった。急に外が明るくなり――カカッ! ゴロゴロゴロッ! 激しい雷鳴を伴って稲光が落ちてきた。ズシンと振動し焦げ臭い煙が立ちこめる。
シンユーを取り囲んでいた男達が次々と倒れた。「あ、ああ……?」突然の出来事にシュウは呆然としながらへたり込む。
「ほーら、子供が調子に乗っているから火傷するのよ」
聞き慣れた声だった。視線の先にシンユーの身体を支えながら笑顔を見せる金髪の女――雷のマナを纏ったランがいる。寒心で冷え切ったシュウの身体に血が通い始めた。
「おばさん……なんで?」
「あんた達、説教はあとね。シンユーくん、まだ動けるなら倒れている西中の子達をお願い。気功で回復できるわよね」
ランに背中を押されたシンユーは警戒しながら遠回りに秋野の方へ歩いていく。しかしカイスはそれには目もくれずランを見ていた。
「お前は知っているぞ……アドルガッサーベールの雷火だな。日本にいたのか」
ランは好戦的な笑みを浮かべた。
「虎爪か。中東と東国の難民で構成された組織だね。外にいたあんたの仲間に聞いたけど、学生にDMDを捌かせるなんて随分と腐っているじゃない」
「お前には言われたくねぇな。十五年前からくすぶり続けた兵火はついには燃え上がり俺達は国を無くした。お前等が大国パキンを屠らなかったからだ。無関係とは言わせんぞ」
ランは目を細めてカイスを見る。そして呟くように言った。
「……今年初めにパキンがサルティへ攻め込み政権が崩壊した。なるほどね、サルティ侵攻の亡霊どもが日本へ密航してきた。それが虎爪の正体ってわけね。ふーん、くだらないわ」
雷風が吹き荒れる。周囲を威嚇するようなマナの展開。カイスはリンを盾にするように動いた。ランは躊躇することなく距離を縮めていく。
「それ以上近付くな。このガキの首をへし折るぞ」
シュウはランとカイスの<展開>のせめぎ合いを視ていた。豪快で繊細なマナ・コントロール。カイスも相当の手練だ。自分なんて足元にも及ばない。が、それでもランは別次元だった。
「貴様の正体も言い分もどうでもいい。よくも私の大切な子達を傷付けてくれたわね。雷火の名において貴様は許さん」
ランは立ち止まると半身を切った。倉庫全体を震わせていた電気がランに集約されていく。龍を彷彿とさせる金色の瞳、烈風で逆立つ金色の髪、そして溢れる金色のマナ――その桁外れな存在感にシュウは震えた。恐怖で? 感動で? おそらく両方の感情が入り混じっていた。
ランは左手を構えるとこう唱えた。
<火花>
刹那、鋭い電流が龍のようにうねりながら突き進む。リンの前方で直角に曲がり――バチィッ! 側面からカイスに直撃、その身体を吹き飛ばした。リンが解放された瞬間、ランは右拳に電気を込めて地を蹴った。一筋の電光が瓦礫を抉りながら走り、神速の<電拳>が地に落ちる前のカイスを捉える。ドカンッ! 轟音が鳴り響き、カイスは壁に打ち付けられそのまま意識を失った。
「昔の私なら殺していたよ。でも今の私は……あの子達の母親なんだ」
ランはシュウとリンを見ると微笑んだ。気が付いたらシュウは涙を流していた。
【参照】
パキンのサルティ侵攻→第四十九話 誓いの炎
火花→第百二十三話 放電
虎爪→第三百二十三話 清原の潜入捜査
アドルガッサーベール→第三百五十二話 父に捧げる最期の涙




