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金色のウロボロス 電拳のシュウ  作者: 荒野悠
第二十五章 サイレントキラー ――氷川四中抗争編――
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第三百八十四話 虚空の少女

 ずっと鬱陶しかった。俺の袖を握り、上目遣いで甘えてくる妹。俺の感情を先読みするかのように気遣って、俺以外を見ようともしない、いつまでもどこまでも無垢な妹が。でも……それでも俺はアイツの兄貴なんだ。


 頭の中でリンの顔が浮かんでは消えていく。嫌な予感を振り払って前を見る。明かりが漏れた倉庫の扉を勢いよく開けた。


 踏み込んだシュウの目に飛び込んできたのは――吹き上がるマナで灰色の髪をなびかせる赤目の少女と苦悶の表情で喉を掻きむしる秋野、倒れている西中の不良達だった。


(な……んだよ、これ)


 その異様な光景に言葉を失う。少女は深紅の瞳をこちらへ向けると儚げに微笑んだ。その仕草に妹の面影を見たシュウは掠れた声で呟いた。


「まさか、リンなのか?」


「お兄ちゃん……来てくれたんだ」


 この世の全ての「不吉」を孕んだような赤いマナのカーテンの向こうに、妹の輪郭がおぼろげに浮かぶ。艶やかで妖しいヒトならざるもの――姿は変わり果てているがリンだった。


「嬉しいよぉ……怒らせちゃったから……来てくれないと思ってた」


 ポロリポロリと涙を流している。しかしシュウは背筋が凍った。おどろおどろしい赤黒い(それ)が今にも秋野を呪い殺しそうだったからだ。


「そ、それ……お前がやっているのか? 今すぐやめろ! 秋野が死んじまう!」


「どうして怒るの……? この女がいなくなればお兄ちゃんは氷川を統一できるんでしょう。リンは良いコって褒めてくれないの? それとも、この女が……やっぱり年上の女が好きなの?」


 小首を傾げるリンの表情は泣いているのか、笑っているのか、無表情なのか、分からないほど壊れていた。そこにあるのはただただ兄に褒めてほしいと願う妹の姿――今より更に幼かった頃の姿を思い出した。


「ひどいよ、お兄ちゃん……リンには冷たくして……この女と何をするつもりだったの?」


「お前……」


「ねえ、お兄ちゃん……ずっとずっとずっとずっと……リンだけを見てて? いつもいつもいつもいつも……大好きなんだよ? それなのにどうしていつもこうなるの? リンとは一緒になれない運命なの? ……ひどいよ、かみさま」


 言っていることが支離滅裂でシュウは耳を傾けることしかできない。何よりも妹の幼児退行の原因が自分にあることがショックだった。


「リン、頑張ったんだよ。お兄ちゃんの夢を邪魔する人たちを消していったの。そうしたらお兄ちゃんは氷川で一番になって……喜んでくれて……ずーっとリンと一緒にいてくれるでしょう?」


「は?」


――リンが敵対勢力の生徒を襲っていた?


 シュウは懸命に記憶を辿る。喧嘩をした時、リンは必ず現場にやってきた。心細げに佇んでいた。てっきりブラコンの妹のくだらないルーティンだと思っていたが、襲撃事件は決まってリンが迎えに来た日の数日後に起こっていた――。


「まさか、探っていたのか……敵の戦力を?」


 峯岸と小林、不良達を重症に追い込み、そして今まさに秋野をくびり殺そうとしているのは? シュウは愕然とした。


「リン……お前がサイレントキラーだったのか?」


 正義を貫いていたつもりだった。自分の異能と劣等感を持て余してがむしゃらに突っ走ってきたが、不器用なりに妹を思っていたつもりだった。


 その結果が? 俺がここまで追い詰めたのか? あまりに残酷な現実――ずっと近くにいたはずの妹を全く理解していなかった愚鈍さに打ちひしがれて胃液が込み上げてくる。


 シュウは呼吸が浅くなりながら、やっとのことで声を絞り出した。


「……どうして! どうしてこんなことしたんだよ!」


「お兄ちゃん……リンを置いていかないで……お願い……一緒にいられるならなんでもするよ……この邪魔な女を殺したら……今度こそリンだけを見てくれるよね」


 赤黒いマナがドーム状に膨張し、中にいる秋野が背を丸くして圧力に耐えている。「やめろぉー!」シュウが叫びながら足を踏み出した時、リンの背後に長身の男が現れた。


「<虚空(ケノン)>のガキか」


 虎爪のカイスの手刀――これまでの流れを断ち切るような一閃。首を打たれたリンは意識を失い、倉庫を覆っていた赤いマナは霧散した。


「おいおい、なんだこの有様(ザマ)は」


 想定外の事態に不機嫌になるカイスを見て一目で危険な男だと分かった。顔つき、立ち振る舞い、纏うマナ、それがまるで紛争地の戦士のようだったからだ。


「立て、ガキ」


 カイスはリンの胸ぐらを掴むと無理に立たせる。


「なんだてめぇ! リンを放せ!」


「お前が南中のシュウか。DMD販売ルートを潰しやがって。ガキの遊びもここまでくると笑えねぇな、おい」


 そう言って足元の秋野を一瞥する。その目には感情らしいものが込められていない。


「ごほっごほっ!」


 秋野は大きく咳き込んだ。青白い顔で意識が朦朧としながらも、カイスに向かって手を伸ばす。


「カイスさん……ごめん……なさい。負けちゃ……た」


最初(ハナ)から期待してねぇよ」


 舌打ちをして秋野を蹴り飛ばした。


「おい、オッサン! なんてことしやがる!」


 怒ったシュウの身体から電気のマナが弾ける。しかしカイスは冷静だ。


「ほう。ケノンといいエレキといい、極レアばっかかよ。日本って国はどうなってんだ。あぁ?」


 ギリッ――カイスはリンの首を捻りあげた。「お、お兄ちゃん……」リンが苦しげな声をあげ、細い足が宙を掻く。


「卑怯だぞ! 俺と一対一で勝負しろ!」


「アホか。人質がいるのにそんなことするわけねーだろ」


 カイスが裏口に視線を向けると、虎爪の構成員が入ってくる。屈強な男達が捕えているのはシンユーだった。


「……悪ぃ、シュウ。やっちまった」


 頭から血を流したシンユーが悔しそうに呟いた。

【参照】

ケノン①→第四十五話 絶対零度

ケノン②→第六十九話 フィオナのお礼

ケノン③→第三百三十四話 妹の叫びとケノンの眼術

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